※ここをクリックするとエロサイトにとびます
※この話は殺人・凌辱などを含みます。苦手な方はご遠慮ください。
「『会員登録をすると、呪い殺すことができます』……?」
ピタリ、と画面に走らせていた目を止める。
佐伯はネットサーフィンを趣味にしていた。仕事が終わり家に帰り、コンビニ弁当を食べてシャワーを浴び、いつものように目的もなく目についたサイトを漂っていたときだ。
偶然、廃れてしまって利用者がいない自殺サイトを見つけてアクセスし、掲示板を開いた。
そこの一番上に貼られていたのは広告文とURL。
『呪い殺す映像は動画で配信されます。動画の閲覧数に応じて会員様には特典を差し上げております。あなたを苦しめる相手に呪いの鉄釘を。簡単快適な無料呪いサイトです。死ぬ前に一度お試しください』
「サイト名……〝奈落の孔〟?」
URLをクリックすると出てきたのは、そんな名前のサイト。
ページの上にある説明文を読み上げる。
『ようこそ〝奈落の孔〟へ。登録費、年会費無料の呪いサイトです。会員登録はコチラ』
「ほんとかねぇ……」
マウスを握る指先が泳ぐ。
あからさまに怪しいサイトだ。
しかし興味がない訳ではない。上司は口煩く給料は低いし、仕事には鬱憤が溜まる日々で、恋人もいなければ友達も少ない。決して自分が底辺だとは思わないが、恵まれているとも思えない。不満なんて探せばいたるところに転がっていた。
だが誰かを殺そうというほどではなかった。
好奇心が疼いたものの、くだらないと一笑に付した。もし本当だとしても誰かを呪うことになる。佐伯は少なくとも、自分は正義の側の人間だという自負はあった。
「……いや」
佐伯は渇いた唇を舐める。
でも、そうだ。自殺しようとしている相手なら試して問題はないはずだ。どうせ死のうとしている相手を殺すのならいいんじゃないか。むしろ手助けすることになる。
それなら、悪ではない。
とあるSNSでコミュニティを探してみる。
……いるいる。
自殺志願者がバカみたいにいる。
「試してみるか……」
佐伯は〝奈落の孔〟の登録を開始した。アカウントとメールアドレスを設定し、適当な名前をつけて次へ進んだ。
『これで登録は完了です。マイページに表示されてある【呪】アイコンをクリックすると、簡単スリーステップで呪いが実行されます。動画は自動的にマイページ上に【画】アイコンとして更新されますので操作は不要です。
操作説明。
1.呪いたい相手のメールアドレスを入力
2.呪う方法を選ぶ
3.実行ボタンを押す
操作がわからない場合、【助】アイコンをクリックすれば各説明が表示されます。
注意事項:呪いは一日に一度まで。閲覧数による特典は随時更新されております』
「なるほどな……」
佐伯はひとまずトップページに戻り、新着の動画を閲覧し始めた。
女子高生が落ちてきた鉄骨に潰されて死んだ動画。閲覧数440
サラリーマンが川に落ちて溺れて死んでいく動画。閲覧数395
キャバ嬢のような女が毒を飲んで苦しんでいる動画。閲覧数853
脂ぎった顔のオッサンが電車に轢かれて死んだ動画。閲覧数209
死ぬ直前から実際に死ぬまでの数分間の動画がいくつもあった。リアルな死の情景に慣れていない佐伯は、初めは顔をしかめてみていたものの、誰かが死ぬ姿なんて意外とすぐに慣れるものだった。途中からは流し見に変わった。
凡庸な死に方も変わった死に方もたくさんあるが、佐伯が目を付けたのはそこではなかった。
とくに殺したい相手がいるわけでもないし、殺したい方法があるわけでもない。佐伯が注目していたのは動画の内容ではなく、閲覧数。せっかくやるのだから閲覧数を稼ぎ、特典とやらを手にしてみたかった。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
「……よし」
それから数日間かけて、佐伯は様々な自殺サイトの掲示板で女性を探した。
慎重に相手を選び、数日後にはその何人かの自殺志願者にコンタクトをとってメールアドレスを聞き出すことに成功していた。
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:○○○-×××.1212@demail.com
【 呪 】 :312.虫 』
どうせ死ぬつもりなのだから、死ぬ前に少しくらい苦しんでも構わないだろう。
佐伯は444項目ある呪いの選択画面からひとつを選び『実行』をクリックした。
『呪いの申請を受諾しました。いまから24時間後までに実行されます』
……やってしまった。
腹の奥底に冷たい水を注がれるような感覚。マウスに触れる手に汚れが付いているような気がして、洗面所に行って洗う。ゴシゴシと、入念に。
ふと顔を上げてる。鏡に映った佐伯の口許に浮かんでいたのは微かな笑みだった。
誰に見られているわけでもない。だが、佐伯は慌てて笑みを消した。
洗面所から戻ると、早くも佐伯のページに動画が投稿されていた。恐る恐るクリックしてみると、そこに写っていたのは夜道を歩く女の後姿。
街灯の少ない道を歩いている女は、なにかを振り払うように手を動かしている。画面をよく見てみると、女は蠅を追い払っているようだった。
鬱陶しそうに手を動かす彼女へ、蠅がもう一匹近づいてくる。
手に持ったバッグを使ってまで追い払おうとする。
そこに、もう一匹。
もう一匹。
もう一匹。もう一匹。もう一匹。
悲鳴を上げて走り出した女に次々に襲い掛かる蠅。潰しても潰してもわらわらと集まってくる。女の体へと吸い寄せられるようにぴたりと張り付いて皮膚の上で蠢き、より奥へと目指そうとする。
口から、鼻から、耳から、目から、女の体内へと侵入していく蠅。
絶叫が響く。
女は転倒し、アスファルトを転がった。そこにさらに蠅が群がり女の体を包み込み黒い塊になっていく。女は手足を投げ出したまま大きく痙攣しはじめた。蠅が一斉に飛び去り女が動かなくなるまで、その動画は続いた。
わずか二分の動画だった。
閲覧数は、一晩で1135回を記録した。
『おめでとうございます。佐伯様の呪い動画が再生数1000を超えたことにより、運営から特典を差し上げさせていただきます。特典内容は「保障権」です。今後、佐伯様のアドレスは一切呪われなくなります』
そんなメッセージが届いたのは、翌日の昼になってからだった。
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:××00××@kihoo.co.jp
【 呪 】 :406.歯車 』
OLが巨大な歯車に挟まれ、少しずつ潰れていく動画。閲覧数1786
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:44.××-○3@foftbank.ne.jp
【 呪 】 :092.油 』
女子大生が煮えた油を頭からかぶって焼け死ぬ動画。閲覧数2014
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:○○88××77@pocomo.ne.jp
【 呪 】 :151.蛇 』
女子高生が生きたまま蛇に呑まれる動画。閲覧数3154
佐伯が呪ったものはすべてランキングに入った。大事なのは呪われた相手がいかに時間をかけて死んでいくか。なるべく生々しく、そして残酷な絵になるものが人気のようだった。
投稿した動画の累計閲覧数の合計が1万を超えたとき、佐伯に一通のメッセージが届いた。
『おめでとうございます。佐伯様は見事殿堂入りを果たしました。特典を差し上げます。さらに殿堂入りが登録開始から一か月以内になりますので、特典をもうひとつ差し上げます。詳しくはマイページまで』
佐伯は仕事から帰ると、すぐにパソコンを立ち上げてマイページを閲覧する。
マイページの一番下に、【新着特典】というアイコンがふたつ。
カチリ、とクリックする。
ひとつは『呪いコンテンツGET【445.雷】』と書かれていた。
そしてもうひとつをクリックしたとき、画面が突然真っ暗になった。
パソコンが故障したのかと思っていると、すぅっと真ん中に浮かび上がってきたのは赤い文字。
『※ここをクリックするとエロサイトにとびます』
……なんだこれは。殿堂入りした特典がこんなものなのか?
そうだとしたら興醒めだった。
佐伯は顔をしかめながら、マウスを押した。
ページが移動する。
『ようこそ〝姦淫の棺〟へ。登録費、年会費無料の凌辱サイトです。ログインはコチラ』
佐伯の目に映りこんだのは、〝奈落の孔〟とそっくりな文字。
もしかして、とログインしてみる。〝奈落の孔〟と同じアカウント、パスワードでログインできた。マイページにはひとつも動画が投稿されておらず、トップ画面にはいくつもの新着動画。
試しにひとつ動画を再生してみる。
『嫌ああああああっ!』
女性が強姦されている動画だった。閲覧数は(上)と表記されている。
ほかにも美形の男が獣に犯されている動画(中)、女子高生が電車で痴漢されている動画(小)やグラビアアイドルが薬を飲まされて輪姦されている動画(超)があった。
どれも、作り物ではない。
佐伯は震える手で、マイページの【辱】と書かれたアイコンをクリックする。
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:
【 辱 】 :000.―― 』
やはりそうだ。
ゴクリと生唾を飲む。
佐伯はとっさに、その欄にアドレスを打ち込んでいた。相手は自殺志願者などではなく、職場の同僚の女子。いつもいつも佐伯のことを見下してバカにしてくる、嫌味な女だった。
『以下の項目に入力してください。
【アドレス】:○×○×―××@bzweb.ne.jp
【 辱 】 :015.触手 』
入力を終え、また一瞬だけマウスを押す指先が泳ぐ。
いままでは自殺志願者を呪い殺していた。相手も死んでいいと思ってたから、罪悪感はほとんどなかった。けど今回はまったく別。佐伯は興味だけで動かされていたのだ。
「……いや、でも」
殺すわけじゃない。
殺すわけじゃないんだ。
佐伯は小さく息を吐いてから、実行ボタンをクリックした。
翌日から、同僚の女は仕事に来なくなった。
「なあ佐伯、最近かなり調子いいんみたいじゃないか。どうしたんだ?」
「べつにいつもどおりですよ」
上司に言われて肩をすくめる。
佐伯は謙遜したが、心のなかではその通りだと思っていた。
凌辱サイト〝姦淫の棺〟でも、佐伯は絶好調だった。出す動画の半数が(超)を記録し、毎週注目ユーザーにランクインしている。いまではどんな動画でも佐伯が出すだけですぐに(上)まで閲覧数が伸びるようになった。
そんな佐伯の携帯に一通のメッセージが届いたのは、〝姦淫の棺〟で動画を三十件ほど更新したときのことだった。
『おめでとうございます。佐伯様は見事殿堂入りを果たしました。特典を差し上げます。詳しくはマイページまで』
まさかここにも特典があるとは思わず、佐伯は仕事が終わるとすぐに家に帰り、電気もつけずにパソコンを立ち上げた。
マイページの下に【新着特典】アイコンが浮かんでいた。
佐伯が迷わずクリックすると、ページが移った。
『※ここをクリックすると、運営サイトにとびます』
運営か!
佐伯の興味は最高潮に達した。
どこの誰が運営しているのかわからなかったが、これは確かめるチャンスだ。佐伯の選んだ動画の質が高いから運営側へ回ってくれということなのかもしれない。これだけのシステムをつくる運営に興味があったし、なによりもっと面白いことが待ち受けているかもしれないと考えただけで、佐伯は止まれなかった。
迷いなく、マウスを動かしてカーソルを合わせる。
カチリ。
佐伯がその文字をクリックした瞬間だった。
画面から、白い手がにゅっと伸びてきた。
佐伯の意識はぷつりと途絶えた。
『ようこそ〝悪霊の匣〟へ。登録費、年会費無料の運営サイトです。成仏はコチラ』