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三題噺

牛・蜘蛛・狸

作者: 牛方巴

 とある田舎のバス停に、二人の男が立っていた。

 一人は黒髪ぽっちゃりで、もう一人は茶髪の細身だった。

このバス停には20分に一回しかバスが来ない。しかし、どれだけバスが来ようと、どれだけ運転手に迷惑そうな目を向けられようと、男達はバスに乗ろうとしなかった。


 男たちが目的としているのはバスではない。蜘蛛(・・)だ。




「――ったく、あいつ自分で誘ったくせに遅刻かよ」

 二人のうち、茶髪の細身(の割には案外がっしりしている)が堪えきれず、抑えていた怒りを小石にぶつけた。小石は道路の向こう側まで転がっていった。

 

「そんなにカリカリするなって。蜘蛛だって忙しいんだろ」

 黒髪ぽっちゃりが茶髪をなだめる。本日9度目のバスが来たが、蜘蛛は乗っていなかった。


「ああそうさ。あいつは蜘蛛の巣に捉えられた蝶達の養分吸い取るのに忙しいだろうさ」


「しょうがないだろうよ。それがあいつの仕事みたいなもんだから」

 そういいながらも黒髪は、近くにあった石を思い切り蹴とばした。


「ンだよ、牛はどうも思ってねえのかよ」

 牛と呼ばれた黒髪は、心外だというように言った。

「俺だって少しはイラついてるさ。狸ほど気が短くないだけだ」

 

 フンッ――茶髪の狸は、時刻表を蹴った。

 時刻表はしばらくぐらぐらと揺れ、やがて直立した。



 牛(黒髪)と狸(茶髪)は、高校の同級生であり、親友だ。大学は違うが、コンタクトを取り合い、都合のいい日にはこうして遊び歩いている。

 

 高1の時、人にあだ名をつけるのが流行った。その人の特徴を捉え、ズバリストレートなあだ名にしてしまう。

 牛も狸も、高校の時の体系、言動、態度からきたあだ名である。



 牛は、授業中よく寝ていて、昼にはめちゃくちゃな量を食べ、豚ほどではないが太っていたことから来た。

 今の牛は昔ほど太ってはいないが、その気楽さ、気長さから意識せずとものんびりとした牛を連想してしまう。


 狸は、今痩せて筋肉もついたが、高校の時はかなり太っていた。

 あだ名は豚が一番だったが、そのときすでに豚の名がついた奴がいた。どちらが豚にふさわしいか何回も討論したが結局決まらず、元豚はイベリコに、そして豚二号は狸になった。



 二人ともあだ名を気に入っていて、互いにそれで呼び合っているため、相手の本名など忘れた。


 そして、面影を残した牛と、原形をとどめていない狸が待っているのが、蜘蛛だった。



 蜘蛛には、別に八本の脚があるわけでもない。女を引っかけるのが上手いわけでもない(本人は女嫌いだった)。何故蜘蛛というあだ名かというと、蜘蛛がインターネットを操っているからだった。


 インターネットは、世界中に広がり、その回線は蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 ご存知の方も多いかと思うが、ホームページのアドレスの「WWW」とは、べつにワロスでもワロタでもなく、ワールド・ワイド・ウェブという言葉の略である。そのウェブが蜘蛛の巣だということを学んだ自尊心あふれる高校生たちは、何とかそれをあだ名に生かせないかと考えた。


 その結果、大量のメアド、大量のアカウント、そして大量の別名を持つ彼が、「蜘蛛」というあだ名の犠牲になったのだ。



「蜘蛛ほんとにおせーよ……」

 10回目のバスが通り過ぎた後、狸がぼやいた。


「なんか明るい話題に切り替えようぜ」

 そろそろ衰弱してきた牛は、提案した。



「そういえば俺さ、男引っかけたんだよね」

「え、マジかよ」


 一応言っておこう。

 狸は男だ。そして異性を愛することが出来る。

 ホモではない。


「マジマジ。やばいよね。ちょっと女っぽい口調でしゃべったら、簡単に引っかかった」

「うわー。そういえば俺も女引っかけたぜ」


 さらに補足しておこう。

 牛は男だ。


 二人は、蜘蛛に勧められてミクシァに加入していた。

 意外と真面目な牛は男で登録していたが、ただ加入するだけじゃつまんねーよといって狸はサイト内で女装をしているのである。


 しばらく二人はミクシァの話題で盛り上がった。

 蜘蛛に対する怒りは消えかけた。


「でさぁ、俺男ってばらすタイミングは、会おうぜ的なことになってからにするんだ」

「おお。俺の相手がお前じゃないことを祈る」

「違うに決まってんだろ」

「知ってるわ」


 馬鹿な言い争いと馬鹿な盛り上がりをしたところで、11回目のバスが来た。



 中から、肌の白い黒髪の細身の男が出てきた。

 片手にパソコンの入ったカバンを抱えていた。


「おう、またせたな」


 

 のんびり遅刻しといてそれはないだろ…

 二人は呆れて言葉が出なかった。


「なんだよ。またネット?」

 牛が聞いた。予想通りの言葉が返ってきた。


「そうそう。俺ミクシァでいい男といい女見つけて」


 蜘蛛もホモではない。

 ネカマなだけだ。


「ほう」

「俺たちもいい感じに見つけたぜ」


「よかったじゃねえか」


 話題が何故か一致する。

 この時、蜘蛛に対する怒りは0に近かった。


「でさぁ、その男が総角(あげまき)って名前で、女がアッキーって名前なんだけどな――」



 気のせいだろうか。

 二人の目に、新たな怒りがともった。


「お前…」

「まさか…」

「オウマって名前と」

「ゆうゆーって名前使ってないか?」




「使ってるけど?」


 


 その瞬間、牛と狸は、次のバスで帰ることを決めた。

 帰ったらミクシァから退会することも、決めた。

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