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姫神幻想伝奇  作者: セリ
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11 月と星と白夜と  ④


「何よ、あの態度! さっさと帰れ? 言われなくたって帰ります!」


 加奈は霊廟から王宮に向かう小道を、地団太を踏むように足音高く歩いた。友達だと思ってたのに。見かけはアレだけどいい奴だと思ってたのに。信じてたのに! 


 怒りを一気に吐き出すと、急に悲しくなって重い足を引きずった。向こうから、タルモイが誰かを探している様子で歩いて来る。


「タルモイさん。人探しですか?」

「舟に乗る前に、守礼に話しておきたいことがあってね」

「舟――――転生の舟が来たんですか?」


 うなずく老人を見て、加奈の胸が塞いだ。灰悠、鈴姫、タルモイ――――じっくり話をしてみたいと思った人たちが、次々と行ってしまう。


「守礼が見つかるまで、一緒にいていいですか?」

「もちろんだとも」


 タルモイは黒灰色の布を体に巻き、焼け焦げた顔と手足は痛々しいが、目が生き生きしている。鷹揚な笑みを浮かべる彼を見ていると、キクリが慕う理由が分かる気がした。タルモイには素直に何でも話せそうな、どんな人でも受け止めてくれそうな暖かい雰囲気がある。


「どうして転生されるんですか?」

「やり直したくなったんだよ。自分を褒めながら、一生を送りたくなった」


 加奈と並んで歩きながら、彼は遠い目で白曜石の壁を見やった。


「これまで、自分を貶してばかりだったからね。才能がない、努力しても報われない、地位も名誉も得られない、駄目な男だとね。本当は親兄弟や友人に恵まれ、結婚はしなかったがキクリのような素晴らしい孫娘もいて幸福な人生だったのに、上ばかりを見ていたせいで気づかなかったんだ。転生して、どんな自分であれ満足し、些細なことでも褒めてやろうと思ってね」

「褒めることに忙しくなりそうですね」

「だといいが。君はこれからどうするんだね?」


 加奈は、返事に窮した。烏流に帰れと言われ、あんな奴の言う通りにしてなるものかと思う反面、わたしなんかいない方がいいんだと、いじけた気分に陥ってしまう。


 冷静に考ると、やはり帰るべきなんだろう。お祖母ちゃんが心配してるだろうし、誘拐されたと大騒ぎになっているかも知れないし、最悪の場合お祖母ちゃんがわたしを殺してどこかに埋めたんじゃないかと疑われているかも知れない。


「……家に帰ろうと思います。でもわたし、シギが好きです」


 16年の人生の中で、今ほど生きていると実感したことはない。死がそばにあればあるほど、人は生を強く感じるものらしい。共に修羅場をくぐり抜けた戦友は、学校の仲良し友達以上に親しみを感じる。みんなと別れたくない。


「生者がシギで暮らすのは、無理なんでしょうか」

「理に反しているのは確かだな。しかし、君は生きている。今の君の姿が答になるのではないか」

「でも守礼は、シギで暮らせば死者になるだろうって。体内の命の光をすべて失ってしまうだろう、わたしは命の光に対して責任があるって。彼は正しいと思います。でも……」


「守礼は、君が心配で仕方がないのだよ。君が無茶をして人生を台無しにすることを怖れている。彼は、君が好きなんだな」

「そんな……」


 守礼は大人で保護者みたいで聡明で、何を考えているのかよく判らない。一緒にいると優雅で温かい雰囲気が心地良くて、彼のことは大好きだけど。

 うつむいた加奈の肩を、タルモイがぽんと叩いた。


「誰かに言われたからとか誰かのためでなく、自分が何を望んでいるのかよく考えて、自分のために生きることだよ。そしてその結果については、他の誰のせいでもなく、自分が責任をとる。そういう生き方をしていると、たとえ失敗しても意外と満足できるものだ。他人のせいだと思えば恨みが募るが、自分のせいなら諦めもつく。人は、何だかんだ言っても自分には甘いよう出来ているんだよ」


「わたし、すごく自分に甘いです」


 加奈は言い、タルモイは「後悔ばかりして来た私が言うのもおかしいな」と仄かに笑った。


「もしもシギに戻ることがあったら、キクリをよろしく頼む。あの子はああいう性格だから、同性の友人に恵まれなくてね。口が悪いせいか、誤解されやすいようだ。こんな事を頼んだからと言って、無理をして戻ることはないよ。あくまでも、もし戻ったらの話だ」

「はい」


 話をしながら王宮の横手まで来ると、砂地のあちこちに白曜石が置かれていた。大きな石はテーブル、小さなものはベンチとして使われている。石に腰かけ話し込んでいた守礼と老亥が、加奈たちを見上げた。


「死者の国から舟が来るということは、いい事ばかりではないだろうと話していたんだよ」


 老亥が、穏やかな口調で言う。戦闘時は厳しい顔つきだったが、今は憑き物が落ちたような、好々爺とも言うべき雰囲気である。


「よからぬ者が上陸を謀った時は、獣を使いましょう。烏流と私、その他数名の獣を持つ者が守備にあたります」


 守礼が応えながら、加奈とタルモイに座るよう手で合図する。じっと守礼を見つめるタルモイの様子に気づき、老亥が腰を上げた。


「つづきは会議でやろう。加奈殿に話がある。加奈殿、散歩に付き合ってもらえんか?」

「はい、喜んで。あの、守礼……わたし、家に帰ることにしました。タルモイさんのお見送りと会議が終わったら、送ってください」


 守礼の目が一瞬だけ揺れ動く。彼は大きく息を吸い、こわばった微笑を作った。


「承知しました」


 守礼は去って行く加奈と老亥を見つめ、タルモイは老亥の座っていた石に腰をおろし、口を開いた。


「話を中断させて悪かった。舟が来たと知らせがあってね。旅立つ前に、君にどうしても伝えたいことがあったんだ。君のご両親は、心から愛し合っておられた。それを伝えたかった」

「愛……」


 守礼の目が見開かれ、皮肉めいた微笑が浮かぶ。


「公の場以外の2人を知る者は、ごく僅かだ。公の場で見せるような、よそよそしい関係ではなかった。もしも2人が結婚できていたら、仲のいい夫婦になっていただろう。族長や姫神の地位を下り、庶民となって結婚することも考えていたようだが、時勢がそれを許さなかった。自分たちが何をしているのか、彼らには分かっていたよ。2人とも苦しんでいたし、しばらく会わない時期もあったが、結局は離れられなかったのだ。君のことも手離せなかった。事情を知った大神官は、君を遠くに養子にやることを提案したが、莱熊も李姫も聞き入れなかった。特に李姫は、手元で育てることを主張して譲らなかった。君にとって孤児という境遇は辛かっただろうが、ご両親にはあれが精一杯だったのだ」

 

 無言の守礼に、タルモイは痛ましい視線を向けた。 


「他人が余計なことを言うと思われるかもしれんが、あの頃の莱熊と李姫の様子を語れる者は、もう残っていない。あと少しだけ付き合ってほしい。……彼らのした事は決して褒められた事ではないし、悪行ですらあるだろう。自分たちの愛情、君や鈴姫を守るために、醜い悪行に走ってしまったのだ。ただ莱熊と李姫の間には、打算も私利私欲も無かった。君は、両親の純粋な愛情から生まれた子供だ。2人とも君に精一杯の愛情を傾け、全力で君を守ろうとしていた。本当なら2人が伝えるべきことだが、出来なかったのだ。死の間際、ご両親はさぞ無念だっただろう」


「もう……いいんです。両親を恨んではいません」


 言葉を詰まらせ、守礼は顔を上げる。


「よく判りました。話してくださって感謝します」


 空を見上げ何度も瞬きする守礼の目の縁に、きらりと光るものがあった。






 

 会議に参加するよう烏流を説得してほしいと老亥に頼まれ、加奈は承諾したものの困惑していた。現在のシギで最も力があるのは大量の獣を持つ烏流だが、彼は新しい王の選任にも政治にも、まったく関心を持っていないらしい。

 

「緑青から聞いたのだが、烏流は君の言う事は聞くらしいね。頼んだよ」

「それは、ちょっと違うような……」


 緑青は気でも触れたのかと、加奈は唖然とした。望み通り焔氏を葬り去り、用は済んだとばかりにわたしを追い払おうとしている烏流が、わたしの話を聞くわけがない。わたしの血しぶきを楽しむ話はどうなったんだろうという思いが脳裏をよぎり、きっと気が変わったんだろうなとすぐに消えた。


 王宮内を探し回ったけれど烏流の姿はどこにもなく、加奈はタルモイ達を見送る一行に加わった。岸辺に着くと、守礼の小舟の横に大きな舟が停泊している。


 帆も櫓もなく船頭もいない、質素で何の変哲もない木の舟である。焔氏や灰悠たちが乗っていた物より遥かに大きいが、タルモイと龍宮の住人20名足らずが座ると小さく見え、舟は静かに岸を離れた。 

 人々の声と涙に送られてタルモイ達は旅立ち、加奈は歯を食いしばって涙をこらえるキクリに歩み寄った。震える肩に手を置くと、涙の滲んだ黒い目が加奈をとらえる。


「爺ちゃんは必ず帰るって言ったけど、その時はもう爺ちゃんではなくなってるんだよな。別の人だ。あたしの事を、ちゃんと覚えてるかどうかも分からない。だからさ、これが永遠の別れなんだよ。爺ちゃんにはもう永遠に会えない……」


 キクリの目からぽろぽろ涙がこぼれ落ち、加奈は貰い泣きして鼻をすすった。人が何度も転生するなら、今知っている人たちに出会えたことは奇跡に近い。転生した後に出会っても、お互い別人になっているだろう。両親にはもう永遠に会えないんだと気づき、胸がずきんと痛んだが、他の人たちにはまだ会える。今を逃せば会えなくなるけれど、まだ間に合う。


「タルモイさんに出会えて良かった。キクリに会えて良かった。他の人たちも……」


 加奈が涙声で言うと、キクリは目をこすりながら笑った。


「あたしもそう思うよ。爺ちゃんが他の人でなくて良かった。加奈に会えて良かった。灰悠とも……会えて良かった。あいつには色んなことを教わったから。あいつ、人の幸福を見て幸せになれる奴だから。あたしも灰悠の幸福を願いながら、自分の幸せを探すよ。可愛い嫁を目ざしてさ」


 泣き笑いするキクリを見ながら、加奈の胸にほっとした思いが広がっていく。灰悠がいなくても、キクリはきっと立ち直れる。強い人だ。


「次に岸辺に来る時は、わたしの旅立ちだと思う。キクリ、ごめんね」

「旅立ちというより里帰りだろ? シギに帰って来なよ。待ってるからさ」

「うん、ありがとう……」


 加奈は、咽喉を詰まらせた。守礼に家に戻るよう説得され、烏流に帰れと突き放された後だけに、キクリの言葉は胸に沁みた。





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