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姫神幻想伝奇  作者: セリ
17/53

4  龍宮  ④

 

 キクリはすぐに戻り、挑むように顎をつんと上げて烏流を見据えた。


「族長が会うと言っている。くれぐれも失礼のないようにな。無礼な言動があれば、ここから叩き出すよ」

「ほう。威勢がいいな……」


 烏流の目に危険な色が走り、加奈が慌てて取り成す。


「烏流、やめて」

「シギにはシギの礼儀作法ってもんがある。下層民は上層民を敬えってことを理解しない奴がいたら、させるのが俺の仕事だ」

「小汚い獣を数多く抱えた者が、獣を持たない者を見下すのが礼儀とは。笑わせるね」


 凶暴な視線を飛ばす烏流を、キクリはふんと鼻で笑った。


「俺におまえが殺せないと思っているなら、考えを改めた方がいいぞ。物のはずみってのがあるんだからな」

「で、おまえは罰として焔氏に焼かれると。丁度いいじゃないか。焼かれながら焔氏に噛みつきな」

「もう、やめて! 2人とも! 烏流、お願いだから誰とも喧嘩しないで」


 加奈が言いすがると、烏流は怒りに目を細めた。


「何で俺に言うんだよ」

「あなたにしか頼めないからよっ」


 どうして誰もかれも喧嘩っ早いんだろうと加奈は腹を立て、自分もまた短気になってると口を閉ざした。険悪な顔つきの烏流を見上げ、静かに頼み込む。


「お願いよ、烏流。喧嘩しないで」

「猫と狐が対象だったんじゃなかったのか」

「対象を広げます。誰とも喧嘩しないで。あなたが我慢してくれないと、話が進まないんだから」


 ちっと舌打ちし、烏流はぷいを顔を逸らした。目を丸めて加奈を見る緑青の横で、黄櫨が咳払いする。


「……いいかな、案内を頼む」


 キクリは烏流をちらっと見てうなずき、烏流は恨めしそうな横目で加奈を見ている。


 キクリに案内され鍾乳石の通路を進むと、目も眩む光景が飛び込んで来た。天井近くの細い裂け目から月光と新鮮な空気が流れ込み、壁一面に生えたヒカリゴケが宝石の絨毯のように鮮やかな金緑の光を放っている。


 正面の岩の下に敷物が敷かれ、高齢らしい男が一人座っていた。茶褐色の布を全身に巻きつけ、黒く焦げた顔も体も気だるそうで、目だけが鋭い。


「タルモイ族長」


 黄櫨と緑青が頭を垂れ挨拶をし、加奈も倣って礼をした。烏流だけは傲岸に老人を見下ろしている。


「キクリから聞いたが、獣杯を探し出し焔氏を滅ぼす話があるそうだな」


 タルモイは静かな口調で言い、座るよう手で合図した。キクリが敷物を敷き、「どうぞ」と声を掛ける。


「獣杯から獣を呼び出し、焔氏の獣を倒した後、すべての獣を獣杯に戻すと蓮婆は言っている」


 烏流が言い、


「蓮婆にそんな力があったかな」


 老人は考え込むように顎を撫でた。緑青が、問う。


「もしもそんな事ができる者がいるとしたら、蓮婆だけ?」

「守礼もできるかもしれん。あとは……おらんな。呪術師は皆、死んでしまった」


「あなたは? 昔、神官だったと聞いてるけど」

「そう、昔、若かりし頃の話だ。わしには神官としての才能が無く、諦めて薬師を始めたのだよ」


 タルモイは、鷹揚な笑みを緑青に向けた。


「獣杯についてだが。焔氏が獣を使い龍宮の隅から隅まで探させたが、見つからなかった」

「獣には見えない結界が張られているのだろう? 獣に憑依された事のない者ならば、見えるのではないか」


 黄櫨の言葉に、キクリが眉をひそめる。


「それで生者の国の娘を連れて来たのか。同じことを焔氏だって考えるだろう。その娘に獣杯を探させ、見つかったところで横からかっさらう。焔氏と烏流の考えそうなことだ」


「つまり俺は焔氏の手先で、おまえらに嘘をついていると言いたいのか」

「烏流は嘘つきじゃありません。それで、獣を獣杯に戻せるものなんでしょうか」


 加奈は言い、重ねて尋ねた。烏流がちらっと彼女を見、無言で顔を逸らす。


「そんな事ができるなら、獣が初めて現れた時にやってるだろう。あの時、獣の流出を止めることで精一杯だったと聞いている。獣杯の暴走を灰悠が止め、龍宮に隠したと聞いてるよ」


「誰から聞いたの?」


 緑青に尋ねられ、キクリは視線を彼に向けた。


「一族の者に。そいつは灰悠の従者から聞いたと言っていた。皆、死んでしまったけどね」


「死人に口なしだな。神官でもない灰悠とやらに、どうして獣の流出を止められたのか、今となっては何とでも言える。が、そんな事はどうでもいい。何らかの方法を使い、焔氏の獣を押さえろ。その間に俺が焔氏を切り刻み、俺の獣の餌にする」


「人殺しめ」

「それがどうした」

「やめんか、キクリ。口を慎め」


 烏流と睨み合うキクリを、タルモイ族長がたしなめる。キクリは不服そうな顔を祖父に向け、口元を引き結んだ。


「少しの間、考えさせてもらえんか。時間は取らせない」


 皆を見回し、タルモイは疲れたように大岩にもたれかかり目を閉じる。具合が悪そうに見え、シギにも病気があるんだろうかと加奈は首をかしげた。加奈たちは別室に案内され、キクリが加奈の袖を引く。


「あんたと話がしたい。その辺を散歩しない? そうだ、とっておきの綺麗な場所がある。案内するよ」

「俺の物を勝手に持ち出すな。おとなしくここに……」


 物――――? 烏流の言葉にかちんと来て、加奈は彼を睨み上げる。怒りのこもった加奈の視線にぎょっとし、烏流はもごもごと口ごもった


「心配なら一緒に来なよ。途中までな」

「僕も行く」


 緑青が一行に加わり、加奈たち4人は歩き出した。黄櫨から松明を借りたキクリを先頭に、真っ暗な鍾乳洞のさらに奥へと進む。洞窟の入り口をいくつもくぐり抜け、広々とした場所に出ると、加奈はわあっと感嘆の声をあげた。


 松明の灯りに照らされた、純白に煌めく世界。天井から垂れ下がった真っ白な鍾乳石のつらら。滑らかな壁を金糸のような滝が滑り落ち、白く輝く岩肌に沿って流れて行く。


「……綺麗」

「だろ? 松明で見る景色は、やっぱり違うな」


 キクリは、純白の世界にうっとりと見入っている。加奈の問いかけるような視線に気づき、腰に吊るした革袋に手を突っ込んだ。取り出したのは小さな陶器に入った、金緑に淡く光る苔である。


「ここでは、ヒカリゴケを灯りに使うんだ。あまり明るくないし長持ちしないけど、少しの間なら光ってくれるし繰り返し使えるから」

「黒焦げの体を元に戻し、従順に働けば松明ぐらい貰えそうなものだけどな」


 背後から聞こえる烏流の言葉に、キクリはむっとして振り返った。


「言いたいことは山ほどあるけど、口喧嘩は後だ。あたしらは向こう岸に行くから、ここで待ってな。女同士の話があるんだからさ」

「行ってらっしゃい。僕らはここで獣を操る練習をしながら、待ってるから」

「練習? 何言ってんの、おまえ」


 烏流は目を剥き、緑青はにこやかに手を振って、加奈とキクリが岩を伝い向こう岸に渡るのを見送った。岩に松明を立てかけ、腰かけたキクリが隣に座るよう岩を叩く。


「生者の国の話を聞かせて。シギはどうなった? 死者たちの墓は、誰が面倒見てるの?」

「……それは……シギがどこにあった国なのか、よく分からないの。過去のいずれかの時代に、世界中のどこかにあったと思うんだけど」

「やっぱり」


 キクリの顔に、寂しげな表情が走る。


「生者の国の時間は、シギ抜きで動いてるんじゃないかと思ってたからさ。守礼が連れて来る死者の話を聞いて、そんな気がしてたんだ。もう生者の国に、シギは無いんだね」


 「うん」と口にするのが辛くて、加奈は「たぶん」と答えた。


「……シギに何があったの?」

「朝、突然黒い獣の大群が現れて、みんなを喰い殺し始めた。あたしの体に獣が突っ込んで来たと思ったら、夜になっていたんだ。以来、シギはずっと夜のままさ」


 死んだ時の記憶がないんだと、加奈はキクリの横顔を悲しく見やった。


「……獣杯の話だけど。灰悠さんが龍宮に隠したという話が本当なら、どこに隠されてると思う?」

「どこに……? 灰悠が隠したって話も本当なのかどうか、はっきりしないんだから」


 キクリはそっと顔を逸らし、闇に煌めく純白の滝に視線を送る。


「灰悠さんって、どんな人だった?」

「大らかで愉快で面倒見がよくて、心の温かい奴だったよ」


「親しかったの?」

「まあ、ね。幼馴染になるのかな。さっきあんたが会ったタルモイ族長さ、あたしが子供の頃はアシブで薬師をしてたんだ。あたしが9歳の時、灰悠は胸の病を患ってね。アシブの親戚に身を寄せて、うちの爺ちゃんの治療を受けることになった。病は癒えたよ。爺ちゃん、腕がいいから」


 キクリが笑うと。八重歯が彼女を幼く可愛らしく見せる。


「灰悠はいつも冗談ばかり言って、周囲を笑わせてたよ。そんなあいつが友達に選んだのが、守礼だった。アシブには大勢の子供がいたのに、よりによって灰悠みたいなお喋りな奴と守礼みたいな全然喋らない奴がどうして仲良くなったんだろうって、今でも不思議だよ。でも2人は気が合ってたみたい。灰悠と守礼が遊んでると、鈴姫がやって来るんだ。鈴姫はその頃ほんの子供で、いつも守礼の後をついて回ってた。そのうち姫神の娘に怪我でもさせたら大変だからって、あたしが鈴姫のお守りに駆り出されるようになってさ。4人でよく遊んだなあ」


 キクリは、遠くに目を馳せた。




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