第4話:直径30センチの平滑な円盤と質量3キログラム
我は聖剣ブランタンバラン。
異世界ランドラグマにおいて、神の加護を受けし勇者にのみ扱うことを許された至高の武具である。
我が刃は絶対的な切れ味を誇るだけでなく、その長さ、形状、そして重量すらも、主の望むままに自在に変化させることができる。その気になれば、巨大な質量で城を圧し潰すことすら容易い、まさに万能にして無敵の存在だ。
しかし、我らが転生してしまったこの「ニホン」という異世界では、魔王もモンスターも存在しない。
かつて世界を救った勇者キリヤは、今日も築四十年の木造アパートで、近所のスーパーの特売チラシと睨めっこをしている。
「よし、今日は白菜が丸ごとひと玉で百円だ。これで一週間は食いつなげるぞ」
キリヤは意気揚々と買ってきた巨大な白菜をざく切りにし、塩と昆布をまぶして大きなプラスチックの桶に入れた。「ツケモノ」という、この世界特有の保存食を作るらしい。
しかし、彼は桶を前にしてピタリと動きを止め、腕を組んでしまった。
「しまったな……重石がない。水を入れたペットボトルで代用するには、ちょっと軽すぎるし、バランスが悪いな……」
我が主が、質量の不足という物理的な壁にぶつかっている!
我は部屋の隅から、力強い念話を放った。
「キリヤ様! そのような草の葉っぱごときに頭を悩ませる必要はございません! 我が内なる『重力支配の理』を解放し、この部屋の重力を局地的に百倍にして差し上げましょう! さすれば、いかなる植物も瞬時に圧縮され――」
「床が抜けて下の階の鈴木さんが潰れるだろ。あと俺も死ぬわ」
「ならば! 我が刃で次元の狭間に草を放り込み、千年という果てしない時の流れを疑似的に――」
「いや、今日の夕飯で食べたいんだよ。千年発酵させた白菜なんて酸っぱすぎて食えるか」
キリヤは我の完璧にして壮大な提案を、いつも通り冷たく却下した。
しかし、彼は桶と我を交互に見比べると、ポンと手を打った。
「なあ、お前。重さを自由に変えられるんだよな?」
「いかにも! 念じれば羽の如く軽くもなり、竜の巨体すら押し潰す一万トンの質量と化すことも……」
「よし。じゃあ、直径三十センチくらいの、平べったい円盤状になってくれ。刃は危ないから完全に引っ込めて、表面はツルツルにな」
「……えんばんじょう?」
「そう。で、重さは……うーん、白菜の重量の二倍くらいがいいから、ぴったり三キログラムにしてくれ」
言われるがままに姿を変えると、キリヤは我をひょいと持ち上げた。
そしてあろうことか、塩まみれの白菜が敷き詰められた桶の中へ、我をドサリと乗せたのだ。
「おお! 完璧だ! 均等に圧力がかかって、どんどん白菜の水分が抜けていくぞ! その辺の石ころよりよっぽど清潔だし、安定感がハンパない!」
「キ、キリヤ様!? なぜ我を塩漬けの草の上に鎮座させるのですか!? 我は神に鍛えられし聖――」
「いやあ、助かるよ。わざわざ漬物石を買うお金もなかったしな。使わない時は軽くしてしまっておけるし、お前、最高の『重石』だよ!」
「おもし……?」
かくして、かつて魔王の軍勢を震え上がらせた絶対的な質量は、白菜から水分を絞り出すという極めて平和的かつ庶民的なミッションのために行使された。
暗い桶の中で、ひたすらに塩と白菜の匂いに包まれながら、聖剣ブランタンバランは深く落ち込んだ。
しかし数時間後、見事に漬け上がった白菜をかじり、「うまっ! ちょうどいい塩梅だ!」と満面の笑みを浮かべる主の姿を見て、己の質量も捨てたものではないと、密かに誇りを感じてしまったのは言うまでもない。




