第3話:平滑な円柱と絶対剛性
我は聖剣ブランタンバラン。
かつては神殿の最奥に鎮座し、世界を滅ぼす魔王の脅威から人々を救うためだけに抜かれた、至高にして究極の存在である。
最近はもっぱら「ブタバラくん」と呼ばれ、硬い肉を刻んだり、ネジを回したりと、いささか神聖さからかけ離れた業務に従事している気がするが……これも仮の姿。
我が主キリヤ様が真の危機に陥った時こそ、我が真価が発揮されるのだ。
さて、今日のキリヤ様は、狭い六畳間の窓際で腕を組んで天を仰いでいた。
窓の外は、生憎の土砂降りである。
「まいったな……。週末にまとめて洗濯しようと思ってたのに、これじゃ外に干せないぞ。コインランドリーに行くお金も、今月はピンチだしな……」
足元には、洗濯機から取り出されたばかりの湿った衣類が、洗濯カゴの中で山盛りになっている。部屋干し用のスタンドなど、この貧乏アパートにあるはずもない。
我が主が、物理的な行き場を失い窮地に立たされている!
我は壁際から、自信に満ちた念話を飛ばした。
「キリヤ様! どうかご安心を! その湿り気帯びた布の山、我が刃に宿る『紅蓮の煉獄炎』にて、一瞬にして水分を蒸発させてご覧に入れましょう!」
「バカ言え。木造アパートごと燃え尽きるだろ。火災保険どうなってんのか知らないし、俺のパンツまで灰になるわ」
「ならば! 太陽が永遠に沈まぬ『熱砂の異次元』へのゲートを我が刃で切り開き、そこへ放り込んでおくというのはいかがか!」
「いや、取りに行くの面倒くさいし、砂まみれになるだろ。それに次元の扉なんか開けっ放しにしたら、部屋の湿度が余計に上がる。エアコンの電気代がもったいない」
キリヤ様は即座に我の圧倒的かつ完璧な提案を却下した。相変わらず、この世界の「ヤチン」や「デンキダイ」という見えない魔王に怯えすぎではないだろうか。
「あーあ、どうすっかな……」と頭を掻いていたキリヤ様だったが、不意に我の方を見て、またしても何かを閃いたような顔をした。我は嫌な予感がした。
「なあ、お前、どんな長さにもなれるし、空中に固定とかもできるよな?」
「い、いかにも……! 我が刃を伸ばせば天の星をも貫き、念じれば虚空に留まることなど造作も――」
「よし。じゃあ、長さをぴったり2.6メートルにしてくれ。太さは直径3センチの円柱状にな。あ、危ないから刃は完全に引っ込めてツルツルにしておいてくれ。重さは……まあ、濡れた服を10キロ分ぶら下げても絶対にたわまない強度で頼む」
「……は? えんちゅうじょう?」
キリヤ様が我を手に取ると、強引な魔力操作によって、我の美しく鋭い刀身は、あっという間にただの長細い銀色の棒へと姿を変えさせられた。
「よしよし。で、端っこをあそこのカーテンレールの上に乗せて……反対側を本棚の天板に固定、と」
キリヤ様の手によって、我は部屋を横断するように空中に架け渡された。
「おお! 完璧だ! たわみゼロの最強の室内干しスペースが完成したぞ! さすが聖剣、謎の浮遊力で支えがない場所でもビクともしない!」
「キ、キリヤ様!? なぜ我に、貴方様の湿った下着やTシャツを次々とぶら下げていくのですか!? 我は神に鍛えられし――」
「いやあ、助かった。これでカビの心配もないな。ありがとう、ブタバラくん。お前、マジで最高の『物干し竿』だよ」
「も、ものほしざお……?」
万能包丁、マルチツールに続き、ついに「生活雑貨」へ。
圧倒的な硬度と自由自在な形状変化が完全に仇となり、大勇者の武器は、湿った靴下とTシャツを吊るすための銀色の棒に成り下がった。我はかつてないほど深く落ち込んだ。
しかし、部屋干し特有の嫌な匂いではなく、キリヤ様が特売で買ってきた「フローラルソープの香り」の柔軟剤の匂いに包まれながら過ごす午後は、案外悪くないかもしれないと思ってしまったのは、絶対に秘密である。




