第1話:伝説、まな板に沈む
我は聖剣ブランタンバラン。
異世界ランドラグマにおいて、神の加護を受けし「選ばれし者」のみが握ることを許された伝説の剣である。
持ち主の望むままに刀身の長さや重量を自在に変え、その気になれば山を吹き飛ばし、海を割り、空間すらも両断する。意思を持つ我は、使い手が望めば「何でもできる」と言っても過言ではない、まさに圧倒的な存在だ。
だが現在、我は日本の家賃五万五千円、木造アパートの壁に立てかけられている。
「はぁ……また不採用か。現代社会の壁、高すぎだろ……」
ちゃぶ台に突っ伏して嘆いているのは、我が主であり、かつてランドラグマを救った大勇者キリヤである。魔王を討伐した直後、謎の光に包まれた我々は、なぜかこの「ニホン」という異世界に転生(?)してしまったのだ。
戸籍や学歴という概念に縛られたこの世界で、キリヤは普通の暮らしに馴染めず、大いに苦労している。そして何より、平和すぎるこの世界では、我の出番が全くないのだ。
「キリヤ様! お嘆きになることはありません!」
我は壁際から念話で呼びかけた。
「その『フサイヨウ・ツウチ』とやらを送ってきた企業、我が力で跡形もなく消し去ってご覧に入れましょう! さあ、我を手に取り、半径五キロを焦土と化す『聖絶の光剣』をご所望ください!」
「いや、それただのテロだから。捕まるから」
「では、我が能力でこの世界の王の首元に瞬間移動し、強引に就職先を斡旋させるというのはいかがか!」
「そんな物騒なコネ入社嫌だよ……。あーあ、ハローワーク行ってこよ」
キリヤはため息をつきながら、よれよれのスーツを羽織って出かけてしまった。我はまたしても使ってもらえなかった。圧倒的な解決策を提示しているというのに、なぜ主はいつも凡庸な方法に頼るのだろうか。我は深く落ち込んだ。
数時間後、帰宅したキリヤはスーパーのレジ袋を提げていた。
節約のため、自炊をするらしい。しかし、彼が買ってきた特売品のブロック肉を前に、アパートに備え付けられていた百円均一の包丁は、あまりにも無力だった。
「くっそ、この肉、筋が多くて全然切れないぞ。安物の包丁じゃ刃が立たない……」
キリヤがイライラと呟いたその瞬間、我の刀身が歓喜に震えた。
出番だ! 遂に我が主が「切断」の力を求めている!
「キリヤ様! 今こそ我をお使いください! 万物を断ち切る我が刃にかかれば、その『ニク』とやらなど、原子の塵と化すことでしょう!」
キリヤは振り返り、壁際の我を見た。そして、何かを閃いたようにポンと手を打った。
「おっ、そうだな。お前、なんでもできるし、長さも重さも変えられるんだよな?」
「いかにも! さあ、長さを十メートルにし、重さを一トンにして、このアパートごと肉を叩き斬りましょうか!」
「いや、長さ18センチ、重さ150グラムにして。あと、刃先はちょっとカーブさせて」
「……は?」
我が聞き返す間もなく、キリヤは我を手に取った。主の魔力に呼応し、我の巨大な刀身はしゅるしゅると縮み、手のひらに収まるサイズへと変貌する。
トントントントンッ!
「おお! すげえ! どんなに力を入れても切れなかった豚バラ肉が、まるで豆腐みたいにスパスパ切れる!」
「キ、キリヤ様!? 我は聖剣ブランタン……」
「よし、細切れにして野菜炒めにしよう。お前、最高だな!」
見事な手際で豚バラ肉を切り終えたキリヤは、満足げに我を水道水で洗い(聖剣になんてことを!)、布巾で丁寧に拭き上げた。
「いやあ、助かったよ。お前のおかげで美味い飯が食えそうだ。今日からお前の名前は『ブタバラくん』な」
「ぶっ!? わ、我は神に鍛えられし聖剣……!」
「頼りにしてるぞ、ブタバラくん」
キリヤの屈託のない笑顔と、その手から伝わる確かな温もり。
かつて魔王の首を落とした誇り高き聖剣ブランタンバランは、自らの新しい名前に絶望して深く落ち込んだ。
しかし、刃に残る豚バラの脂の匂いは、不思議と嫌な気はしなかった。




