7 アタシに残された、たったひとつのもの
アタシは、憎しみのこもった目に見送られて。
奉公人さんたちに連行されて、お屋敷の地下室へ閉じ込められた。
お嬢様が「どんなに手荒に扱っても許します!」なんて吠えてたから。
手ひどく扱われることを覚悟していたけど。
地下室で待っていたのは、立派な服を着た人達だった。
白と黒だけの仕立てのいい服だ。
葬式帰りに娼館へ立ち寄った貴族たちと同じ服装。
喪服だ。
亡くなった奥方の葬儀に来た親戚や関係者の人達は、あのホールで、なにが起こったかを根掘り葉掘りきいてきた。
アタシは起こったこと、見たこと、聞いたこと、言ったことを正直に答えた。
訊かれなかったことは答えなかった。
万が一成功したら……と考えたり。
どうせロクな人生じゃないんだから、流れに乗ってこのうちに入り込もうと 考えたり。
そういうことは言わなかった。
はぐらかした、とか、ごまかしたわけじゃないよ。
訊かれなかったから(もちろん、訊かれても馬鹿正直に言う気はなかったけど)。
彼らはお嬢さまが何をしたか、何を言ったかだけを、根掘り葉掘り訊いて来た。
何度も聞かれるたびに、アタシは同じ答えをくりかえした。
お嬢さまの親戚達と入れ替わりに、王都の巡察隊がやってきた。
ワンポイントに銀の帯が入った、シャレた制服の奴ら。
絵本の挿絵に描かれた騎士さまみたいな姿。
だけど、娼婦にとって、巡察隊は悪夢と同じ。
娼婦の取り締まりとかは警邏隊がやってるからそっちも怖いけど。
警邏隊は、平民出身者ばかりだから、娼婦に同情してもくれたりする。
でも、巡察隊は下級貴族の出身者ばかり。娼婦を人間とは思っていない。
アタシにやさしくしてくれた姐さんたち(みんな死んでしまった)も、奴らにはひどい目にあっていた。
覚えもない罪をなすりつけられて、見逃してやると恩着せがましく言われて、金を毟り取られたり。
詰所に連れ込まれて、検査と称して裸にされて、弄ばれたり。
いやな話もいっぱい聞いていた。
客と外であいびきしていたら、娼館外で許可なく客をとっていたと難癖をつけられて、そのまま詰所に連れ込まれて、取り調べと称して一ヶ月弄ばれて、子供まで孕まされた、とか。
貴族の客と出来て孕んだら、街を普通に歩いていただけなのに、突然取り囲まれて、子供を流産するまでいためつけられた、とか。
奴らは噂通りだった。騎士の恰好をしたチンピラだった。
アタシをいきなり殴りつけ、蹴り飛ばし、押さえつけて、手首を縛りあげた。
そのまま縄で引っ張られて屋敷から連れ出され。
お屋敷街から繁華街を通り抜けて、巡察隊の詰所まで、さらしものにされて歩かされた。
詰所につくと身体検査をすると告げられて、ドレスも下着も剥ぎ取られて、裸にされた。
手を頭の後ろで組んで、大股開きになるように言われて、すみずみまで調べられた。
お前らのようなクズは、汚い病気をもっているからな、と嗤われながら。
よく恥ずかしげもなくそんな恰好ができるな! と罵られながら。
姐さんたちが体験した通りだった。
イヤでも悟らされた。
こいつら、まともな取り調べをするつもりなんかない。
だけど、少しだけ希望が見えた。
言う事を聞いて、オモチャにされて、こいつらの欲望を満たしてさえやれば、命はとられない。
取調室で、アタシは裸で立たされて。
前と後ろからオモチャにされながら、この書類に親指で拇印を押せと迫られた。
中身を読ませてすらもらえない。だけど想像はつく。
アタシがすべての罪を認めました。という中身なんだろう。
これにサインしたら終わり。
アタシは必死に抵抗した。
体のどこにそんな力があったのかと思うくらい、暴れた。
一度は男たちを振り払いさえした。
だけど、狭い取調室には逃げ場なんかない。
たちまち追い詰められて、羽交い絞めにされて。
手首を掴まれて、見せつけるように、親指をインク壺にひたされて――
「これで、お前はおしまいだ」
書類に、アタシの親指が押し付けられた。
「これでお前は死刑だ。なんせいやしい娼婦が、貴族の家の乗っ取りを企んだんだと認めたんだからな。当然の報いってヤツだ」
これで……おしまい。
死刑。
心の中のどこかが、ぽきっと折れた感じがした。
オッサンとママの愚かな企みに乗らなかったのに。
数年間のぜいたくな生活の誘惑を拒んだのに。
なんにもならなかったんだ……。
アタシはどうすればよかったんだろう。
心のどこかが気怠くささやく。
判っていたんでしょう? なにをしてもムダだって。
認めるのが怖かっただけなんでしょう。
何をしても無駄なんだって。
そんなこと判ってたはずなのに。
なんで一生懸命頑張ったんだろう……。
頑張って生き残れたとしても、その先にロクなことなんかないって判っていたのに……。
「ああ……ああ……」
アタシの目から涙があふれた。
少し前なら、こんな奴らの前で、ウソ泣き以外してやるものか、と思っていたのに。
もう、いいや。
もう、なにもかもがどうでもいい。
それからのアタシはなすがままだった。
昼は、昼番の巡察官たちの相手をして。
夜は、宿直部屋に連れていかれて何人もの相手をした。
どんな要求にでも逆らわなかった。
自分が最低の娼婦よりもひどい扱いをされても、それを遠くから見ているようなきもちだった。
なにもかも、どうでもよかった。
自分のカラダも、いのちも、もう自分のものじゃなかったから。
昼と夜のわずかの境目。昼番と夜番が交代する時間。
裸のまんま、汚されたまんま、生傷だらけでボロボロのアタシは疲れ切って眠りにおちた。
殴られるか、髪をつかまれてひきずりおこされるまで、うつらうつら眠った。
青空の壺と、あいつの顔が夢にでてきた。
青空の色をした、伝説の名工が作ったという壺。人の背丈くらいあるという壺。
見たことはないけれど、あいつが何度も何度も話してくれたから、目に浮かぶようになってしまった。
青空の壺は、うつくしくて。
うつくしいものを語るあいつの姿は、まぶしくて。
思い出しては、哀しいきもちになった。
なにもかもなくして、なにも感じなくなったアタシには。
このかなしいきもちだけが、残された全てだった。




