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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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21 わたしと彼と娘と青空の壺


 商談がもちかけられた時、マックは少し離れた町へ買い付けにいって不在で。


 わたしが担当をすることになった。


 手すきの従業員を5名と警護部から2名ばかり招集して、屋敷へ向かった。



 10年ぶりに見たお屋敷は構えだけは相変わらず立派だった。


 だけど、荒れ果てていた。


 正門に門番はいない。


 見事だった庭は、灌木の茂みになっていたし、噴水は泥で埋まっていた。


 あの玄関ホールには、何一つ飾られていなかった。


 あちこちに焼け焦げたあとまである。


 暴徒が乱入して火をつけたのだそうだ。


 奉公人の気配もない。



 青空の壺を手に入れて当主になった人は、内戦で行方不明になって、その親戚と称する女が屋敷に住んでいた。おそらくひとりで。


 女は、豪華なドレスを着ていたが、身の丈にまったくあっていなくて似合わなかった。


 本来の持ち主でない証だ。


 怪しげな権利書があって、一応この人がここの所有者ではあるらしかったけど。


 今のわたしには一目で、権利書が偽物だとわかった。


「なに!? あんた疑ってるの!? 正真正銘の本物よ! もともとこの屋敷はわたしが継ぐはずだったのよ!」


 口ぎたなくわめく女に対して、わたしは柔和にほほえみ、


「ええ、わかっております。有効なものです」


 今のこの国では、全てがあやふや。


 出所が定かでない権利書も、偽物だと証明されない限り有効なのだ。


 そして、取引が終わるまでは、この権利書が有効でないと、こちらも困る。


 だからこれは本物なのだ。



 彼女は、この屋敷の調度品一切合切を売り払おうとしているらしい。


 連れて来た従業員たちと手分けして一通り見て見たが、大した価値のあるものはない。


 略奪と破壊により全て失ったのだ。


 だけど、地下の様子がおかしかった。


 かつてわたしが一時閉じ込められて、お嬢様の親族達から尋問を受けた部屋がない。


 地下室があった辺りの壁は少し不自然で、叩いてみると、向こうに空洞がある音がする。


 わたしは女から『地下の壁を壊す許可』を取った。


 その場で書類を作って、サインをさせる。


「こんなボロ屋敷、好きにして。なんかでてくるなら儲けものよ」


「……」


 サインの名前は、かつてわたしを義妹にしようとしたお嬢様の名前だった。


 彼女は、あのお嬢さんだ。


 とすれば、着ているドレスは、青空の壺を買った男の奥方か娘のものなのだろう。


 別荘に押し込められたはずなのに、よく抜け出して来たものだ。


 口調からして、よほどすさんだ生活をしていたのだろう。



 わたしは驚きを顔に出さない。簡単なことだ。


 10年の歳月でその能力を身に着けた。



 従業員たちに壁を壊させると地下室が現れた。


 ぽっかり開いた暗闇、もうもうと舞うホコリの中。


 そこには巨大な壺が立っていた。



 一目見てわかった。


 あの青空の壺だ。


 話しか聞いたことがなかったけど、まちがいなかった。



 女は忌々し気に毒づいた。


「はっ。こんなところに隠してやがった! これがありゃ当主だとかバカバカしい。こんなものに関係なく、全部わたしのものになるはずだったのに! あんなとこに押し込めやがって! あたしがここにいれば、あたしは王子様と結婚してなにもかもうまくやったのに!」



 あれから10年経ったのに。


 あなたの母上がかつて言っていたように、この壺の価値が判らないままなのですね。


 そして、なぜ当主の座を得られなかったのかも判っていないまま。




「これで、高値で売れないんだったら叩き壊してやる」


「なかなか見事な壺ですね」


 女の目に、こずるい光がきらめいた。


 わたしが、この壺に価値を認めたのだと知った途端、大金をふっかけてきた。


 その額は、荒れ果てたこの国では大金だった。


 しかも、わたしの国の金貨で払えという。


 今や、この国では、わたしの国の貨幣の方が、信用されているからだ。


 だけど、青空の壺の本来の価値に比べれば、かなしいくらい安い。


 マックから壺を買った男が払った代金の20分の1にも満たない。


 当時のわたしが、娼館にしていた借金の半分にも満たない。



 お買い得だ。



 だけど、わたしはすぐにはうなずかなかった。


 高すぎますね。とも、安すぎますね、とも言わずに。


 ただ考え込んでいるフリをした。



 こういうのは、すぐにうなずいてはいけないのだ。


 特に向こうが、その価値もわからないのに、ふっかけてきた時には。



 しばらくして。


 女は、


「じゃあ負けてやるよ」と、半額にしてきた。


 わたしは事実を淡々と告げた。


「これだけの大きな壺を、ここから傷つけずに運び出すのは、なかなか大変そうですね」


 女は、舌打ちすると、


「とらっくもない野蛮人どもめ」と、よくわからないことを呟き、


 更に半額にしてきた。


「取引成立です」


 女は取引書類にサインをすると、ひったくるように代金を受け取った。



 こうしてわたしは、青空の壺を手に入れた。



 地下から壺を運び出すのは大変。


 それはウソではない。


 だが、人手がたくさんいて適切に指示すれば簡単なことだ。


 王都には仕事にあぶれた人間がいくらでもいる。


 そしてみな、我が国の貨幣を欲しがる。


 だから人を集めるのも簡単だった。

 


 大勢の手で壺が慎重に運び出され、荷車に乗せられると、女が、けたけたと笑い。


「くそ忌々しい壺め! 最後だけはわたしの役に立った! 一生遊んでくらせる金になってくれた! さっさといっちまえ! ごみためにでも売り飛ばされちまえ!」


 女は、金貨の入った袋を振り回した。


 雇った人々が、女を見ていた。いや、金貨の袋を見ていた。


 濁った眼で。



 ああ。この人は終わりだ。



 屋敷にたったひとりで住んでいる女が、大金を手にしたと人前で宣言したのだ。


 わたしが大金をもっていることも周知のことだが、わたしの周囲には武装した警護と従業員がいる。


 ホテルも外国人用で、幾つかの大使館も入っているので、各国の兵が警護している。


 わたしも、マックも、移動中は常に護衛を連れている。


 彼女とわたし……どちらが狙われるかは自明だ。


 彼女の残りの人生は、少ないだろう。



 壺をホテルまで運んでもらい、その場で賃金を払う。


 そのあとは、ホテルの従業員たちが部屋まで運んでくれた。チップをたんまりはずんだ。


 部屋に運び込まれた壺を、わたしはひとりで磨いた。


 たちまちのうちに汚れは消え、輝きがよみがえる。



 うつくしかった。



 この澄み切った、だけど、微妙にグラディエーションが入った不思議な青は。


 青空としか呼びようのないものだった。



 夜になって。


 帰って来たマックに青空の壺を見せた。


 彼は周りをまわったり、立ち止まったり、目を近づけたり。


 ようやく満足したのか、ほう、と溜息をついて、


「ああ、間違いなく青空の壺だ。なにも変わっていない。あのうつくしさのままだ」


「舐めたら?」と訊くと。


「舐めないよ。今のオレは、もっと素晴らしいものに毎晩触れてるからね」



 わたしは頬に血が上って熱くなるのを感じた。


 あれから10年間。


 わたしたちは、ほぼ毎晩体を重ねて来たけど、彼はわたしを今でも大切に扱ってくれる。


 もちろんわたしも。



 それに。と彼はつづけた。


「今のオレは、もっと美しいアオを知っている」



 その晩。


 わたしは、いつものように彼に愛され、わたしも彼を愛した。


 青空の壺の前で。


 わたしたちを祝福してくれているような気がした。 



 半月後。


 わたしたちは、この国での買い付けを済ませて。


 海を渡り国へ帰った。



 帰ってすぐ、本店の隣の土地にある売家を買った。


 今までは店の3階に住んでいたのから引っ越した。


「子供ができたら手狭になるからね」


 と彼が言うから、


「気が早いよ。いつできるかもわからないのに」


 と笑ってこたえた。


 ほぼ毎晩、身体を重ねているのにわたしたちには子供ができなかった。


 仕方のないことだと思っていた。


 娼館で2年間、昼も夜も弄ばれていたのに、わたしは不幸な子供を孕まずに済んだ。


 多分、わたしのほうが子供ができにくい体質なのだろう、と半ばあきらめていたのだけど……。



 それから二か月もしないうちにわたしのお腹に赤ちゃんがいることがわかった。




 青空の壺は、わたしたちの側にいる。


 頑丈な特殊ガラスのケースに収まって、わたしたちの家の居間に飾られている。


 

 そして今、まだ小さな娘が、あの壺の前に座っている。


 じっと見あげて、ほう、と息を吐いて、またほれぼれとした顔で見上げる。



「あの子は壺が気に入っているんだな」


「あの日の夜にできた子だもの」



 生まれた日から逆算すると。


 青空の壺がわたしたちの所へ来てくれた日の夜。


 わたしのお腹に宿った娘だ。




 青空の壺と、彼とわたしと娘。


 言い伝えの通り、わたしたちは、ずっとしあわせだ。



end

「ドアマットヒロインって、たいてい貴族の娘だよなー。そのうえ、頭がいいか特別な能力があるんだから、そりゃ都合よく逆転の目があっても不思議ないよね。でも、そういうものがいっさいないヒロインだったらどうなるだろう?」という思い付きから始まったお話は、これにて終しまいです。21話に渡ってつきあってくださった読者の方々。ありがとうございました。

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全部読んでからの感想。 「バタフライ効果すげー(おいっ)」 ぶっちゃけ、マジで青空の壺が福の神みたいな存在だったんだろうな、うん。少なくとも壺の意思みたいな物は不思議と感じた。 本来のシナリオなら…
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