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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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20/21

20 それから10年 アタシはわたしになりました。



 国を出る前に、マックは3年か5年だと言ったけど。


 再びあの国の土を踏んだ時には10年の月日が経っていた。



 アオという新しい名前になったアタシが、海を渡って、大陸へつくと。


 マックは、新しいロバ車を買った。


 それに乗って二人であちこち旅した。



 野を越え、山を越え、川を渡り。


 石畳の道を、土の道を、雨の道を、砂埃が吹き荒れる道を、田園を湖畔を川ぞいを旅した。


 石でできた町を、木でできた町を、葦でできた町を、レンガで出来た町を訪れた。



 娼館からほとんど出たことのなかったアタシにとって、


 見るもの全てが、珍しく新鮮で輝いていた。


 世界はそこにあるだけで美しかった。



 彼は旅慣れていて、旅のあいだ、困ることはなかった。


 ほとんど夜は宿屋に泊まったし。


 宿屋がなくても彼の知り合いはどこにでもいた。


 野宿することはほとんどなかった。



 もし青空の壺が売れてなかったら、もっとアオに苦労をかけてだろうね、と言われたけど。


 アタシはそれでも、いやがることはなかったと思う。


 野宿で、彼と一緒の寝袋に潜りこんで、満点の夜空を見るのが好きだった。


 星や星座や惑星について、彼の話を聴くのも好きだった。



 娼婦だった時に、聞かせてくれる話も好きだったけど。


 ふたりきりの夜。話すほうが好き。



 マックは約束通り、世界中のうつくしいものを見せてくれた。


 骨董品、歴史的な建物、絶景、遺跡。


 話に聞いていたものもあったけど、実際見たり触れたりするのは、もっと素敵だった。


 彼が売り買いしたので、手に取って触れたものも多かった。


 3年間の旅の間、女の子だと判ると、色々不都合なこともあるので、アタシは髪をばっさりと切って、彼とお揃いのパリッとした上下を着て。


 助手ということにして同行させてもらった。


 もちろん恰好をしてただけで知識や技能が身につくわけもなく。


 とうぜんのことながら、助手の役には立たなかった。



 アタシは、文字が辛うじてかけるくらいしか知識がなかったし、重いものを運んだこともなかった。


 家事は、ママにさせられていたからある程度できたけど、彼にはぜんぜん及ばなかった。


 あの娼館にいた頃のアタシは、男達を喜ばせるためだけに生かされていた道具だったのだもの。



 自分の何も知らなさとできなさに、何度も気落ちちしたけど、彼はあたしを好きでいてくれた。


 ごく自然に大切にしてくれた。


 いつも空にあるおひさまのように。


 彼が照らしてくれて、あたためてくれて。アタシは二度と迷わずに歩き続けられた。


 アタシは、一生懸命いろいろ学んだ。


 さいわい、物覚えは悪くなかったから、3年経つと、なんとか助手として役にも立つようになった。


 彼の前以外でも、自分は男を喜ばせるだけの道具じゃなくて人間なんだと思えるようになった。



 旅暮らしを続けていると、何度もピンチになった。


 滅多にないことだったけど、彼が取引に失敗して、借金が出来てしまったり。


 お金を盗まれて、無一文で放り出されたり。


 盗賊に襲われて、離れ離れになったこともあった。


 一度なんか、アタシはさらわれて奴隷として売られそうになった。


 だけど、買主の人が、マックの知り合いで、当然アタシのことも知っていて。


 しかも、その人は、奴隷商人摘発のために隠密捜査してたとかで、盗賊は一網打尽。


 アタシは彼のところへ帰ることができた。



 なぜかアタシたちは運がよかった。


 不思議な縁で、商売が成り立ったり、危機から逃れられたり、いろいろうまくいって。


 アタシたちは、大抵、ほがらかで楽しくすごすことができた。



 気づけば、あちこちに友人といえる人たちもできた。


 そういう人たちは、誰もアタシを娼婦として扱わなかった。


 まぁ、それはマックがいてくれたからなんだけど……。



 でも、マックは、アタシのおかげだと言ってくれた。


 アオ、キミは。ボクにとっての青空の壺だよ。


 アオと一緒になってから、ボクは生きるのがとても楽しい。


 アオが、うつくしいものを見て、素直に驚いたり、興奮したりしてるのを見ると、ボクの目も洗われる。


 中途半端な知識は、ボクの目を曇らせたりもしてる場合も多いからね。


 だからボクも前より、本当に綺麗なものが判るようになった。


 キミのおかげだよ。


 そして……その目でも見ても、世界で一番きれいなのはキミだよ。



 3年の年月は、アタシのカラダも劇的に変えた。


 ちゃんと栄養をとって、ちゃんと休んで、しかも毎日、たっぷりと愛して愛されて。


 毎日、毎日。


 愛してる。


 きれいだよ。


 キミのおかげだよ。


 と囁かれて。


 あの壺よりももっと大切にされて。


 そこまでされたら、ウソも本当になってしまうってものだ。



 やせっぽちでガリガリだったカラダは健康的な肉がのってふっくらしたし。


 生傷が絶えなかった肌は、生傷ができることもなくなり。


 毎晩みがかれて、ツヤツヤになった。


 おっぱいも大きくなったし、驚いたことに背丈まで頭半分くらいのびた。


 あの国にいた時、アタシのカラダはヒドクいじめられていたらしい。


 それが消えたおかげで、ツボミが花開くようにアタシは変わった。


 絶世の美女とまではいかなかったけど、とっても肌がきれいな美女くらいにはなれた。



 ある日、鏡を見ていて、


 改めて、自分の変わりっぷりに驚いてるアタシを、マックはうしろから抱きしめてくれて。


 ボクの見立ては正しかっただろ。と鼻高々に言った。


 そう言ってくれるマックだって、アタシから見ると最高の男だよ。と言ったら。


 すごく照れてたのが、かわいかった。



 4年目に、あたしはマックの正式な奥さんになった。


 向こうで知り合った人たちに祝われて、結婚式までしてもらった。


 マックや友人たちは、あたしに隠して全てを進めていたから、ほんとうに驚いた。


 世界一うつくしいものを見に行くんだ、と連れて来られた宮殿では、全てが用意されていて。


 真っ白なドレスを着せられて、しあわせな花嫁さんにされた。



 ほら、世界一うつくしいだろう?



 鏡に映っているのは、花嫁さんになったあたしだった。


 彼は式の間ものすごい緊張していたし、アタシは我慢できずに声をあげて泣いてしまった。



 ほんとうのことを言うと、奥さんにまでしてもらえるとは思ってなかった。


 だって、あたしはいい血筋でもないし、ものすごい鑑定眼のもちぬしでもなかったから。


 彼の商売の人脈作りに役に立ってるわけでもなかったし。


 それに……あたしの心のどこかには、娼館生まれの娼館育ちだもの……という諦めがあったんだと思う。


 現場でいろいろな知識を得たし、マックの役に立っているという自負はあったけど。


 助手兼愛人でもかまわなかったんだけどね。


 というか、彼の人脈の幅広さを知るにつれて、いつしか諦めるようになっていたんだけど……。


 あとから自分はマックと結婚してよかったんだろうか……と友人たちに訊くと、あきれられた。


 あたしのお陰で、マックの人脈はさらに広がったし、商売の幅も広がったんだと言われた。


 周りから見れば、あたしは、すごく頑張ってる人に見えてたらしい。



 結婚の誓いの署名にはアオゾラ・アオと書いた。


 東の国では、青い空をアオゾラと言うんだそうだ。



 結婚したあとも助手としていつも一緒だった。


 そのころには、ようやく商売のイロハも身について、助手以上のことが出来るようになっていた。


 はじめてちいさなネツケの鑑定を任された時すごくうれしかった。


 もちろん、後からチェックされたけどね。


 忙しかったけど、どんなに忙しくても、マックは夜、絶対あたしのために時間を使ってくれた。


 昔はね。いくらでも徹夜したんだけど……キミのおかげでボクもずいぶんと健康になったと、笑っていた。



 6年目からは、向こうの国の首都に店を開いた。


 マックが支配人。わたしが副支配人。


 といっても店を開いた時は、ふたりだけだった。


 ちいさな店だったけど、他人のものじゃない安心できる場所にいるのは、しあわせなこと。


 わたしには、絵画を鑑定する才能があったらしくて、主にそっちの方面を任されるようになった。


 わたしたちの店は、少しずつ大きくなって従業員も雇うようになって、人を使う立場になった。


 お仕事のかなりを任されて、わたしも忙しくなって昼間会えないことも出て来たけど、それでも夜はいつも一緒。



 地元では。


 マックは高名な鑑定士で腕のいい骨董商として有名になり。


 わたしも、絵画の部門ではそれなりに信用される存在になっていた。


 買い付けに関しては、マックより度胸がいいと言われるようになった。



 わたしたちはお似合いで、車輪の両輪のような夫婦、といわれるようになっていた。


 店はさらに大きくなり、支店もできて。


 貴族やお金持ちも来るようになったけど、わたしたちは売り手も買い手も得するように心がけた。


 信頼が、店をさらに大きくした。



 そして、国を出てから10年が経って、


 わたしたちは、あの国へ向かった。


 里帰り、というよりも商売で。


 あの国では、大規模な内戦が起こって、ようやくそれがおさまったけど。


 没落した貴族達から、いろいろな美術品が放出されて、買いたい放題の状態で。


 それを買い付けに向かったのだ。



 往きとはなにもかもちがっていた。


 2倍以上の大きさの客船が、半分の時間で運んでくれた。


 帆と蒸気じゃなくて、ほとんど蒸気だけで動く船だった。




 王都は、王政派と協和派の激しい内戦で荒れ果てていて。


 だけど、わたしたちが最後の夜に泊まったホテルは、幸いそのままだった。


 10年前、わたしとマックを、部屋まで案内してくれた従業員は勤めを続けていて。


 わたしたちを見ると、一瞬だけ驚いた顔をしがが、すぐ平静な顔になって、案内してくれた。


 このホテルが、この国に滞在中の、わたしたちの拠点になった。


 いくつかの国の大使館も仮入居しているので、警備も厳重で好都合だった。



 翌日から、わたしたちは手分けして王都を回り、本来の価値よりも安く買える美術品を買いあさった。


 その道すがら、かつてわたしがいた娼館の辺りを通った。


 激しい市街戦で焼き払われて跡形もなくて、空き地になっていた。


 娼館の主は、お金を持ち出そうとして最後まで残って、逃げ遅れて亡くなったらしい。


 巡察隊の詰所も本部も、廃墟になっていた。


 王都で暴動が起きた時、平民に憎まれていた巡察隊の関連施設は真っ先に襲撃されたという。


 下級ではあるが貴族の特権をふりまわして、ほしいままにふるまってきた彼らだったが。


 その権威を無視されると、ロクに訓練すらしていない無力な人々にすぎなかったそうだ。



 そんな風に忙しく王都を飛び回っているさなか。


 商談が飛び込んで来た。


 屋敷にある骨董や美術をすべて売り払いたいのだという。


 もちかけてきたのは、青空の壺があった屋敷の持ち主だった。







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