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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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19 アタシの新しい名前

 

 部屋が揺れる。揺れ続けている。


「まだ、慣れないか?」


「アタシは娼館からほとんど出たことなかったんだから……」


 今まで感じたことがない不思議な感覚。


 船が海に浮かんでいて、その海が波立っているから、船も揺れる。


 頭では分かっているけど不思議。



 慣れないうちに、明日はもう上陸。


「大陸では、地震というのがあって、海の上ではないのに、建物も地面も揺れるんだ」


「大陸ってどんな場所なの?」


 アタシは、ベッドにうつぶせに寝っ転がって、肘をついて顔を起こしてマックに訊く。


 もう何度目かの質問だ。


 でも、マックは懇切丁寧に話してくれる。


 いろいろな国がある大陸。


 アタシがいた国よりも長い歴史があって、いろいろな肌の色の人がいるそうだ。


 だから、それはたくさん文化があるらしい。


 各民族ごとに、うつくしいものもいっぱいあるそうだ。


 聞いているだけでわくわくする。


「そういえば、名前、決まったか?」


「ううん……なんかしっくり来ないの。決めなきゃだめ?」


「上陸する時、入国申請所で、名前を書かないといけないんだ」


「あー」


 このままだと、ローズになってしまうってことか。


 別にそれでもいいといえば、いいんだけど、


 でも、新しい人生がはじまるんだから、新しい名前が欲しい。


 アタシの名前らしい名前を。


 でも、今のアタシは真っ白で、まだ何もはじめていない。


 名前、名前。


 モノにはなんでも名前がある。


 どんな骨董品にも名前があるし、ないものには名前がつく。


 そういえば……。


 アタシはマックに尋ねた。


「青空の壺って、どこでその名前をつけられたの?」


 アタシを救ってくれた壺。


 マックに、アタシの借金をきれいにするきっかけを与えてくれて。


 お屋敷では、その場になかったことで、アタシに勘違いをさせて、助けてくれた。


 しかもその取引で、マックはアタシの命を救ってくれた。


「それはわからないな。いつしかそういう名前になっていたんだ」


「伝説の名工がつけたんじゃないんだ……」


「いい名前だよ。あの壺の不思議な色合いにふさわしい」


 見たかったなぁ……。


 アタシは空の青で想像してるけど、現物はもっとすごいんだろう。


「そういう名前って誰が決めるの?」


「いろいろあるよ。有名人がつけて、定着する場合もあれば、誰かが名前をつけたり、呼んだりして、周りの多くの人もその名前に納得して、いつのまにかその名前になる、とか」


「青空の壺はどっち?」


「後の方だ」


 ほうっておけば、アタシにふさわしい名前を誰かがつけてくれるかもしれない。


 だけど、アタシは美術品じゃなくて人間なので、ナナシでフラフラしてるわけにはいかない。


 ローズは、やっぱりしっくりこない。


「……あの壺ってどこで作られたの」


「東の果てのちいさな国で作られたらしいよ」


「そんな遠い異国の壺だったんだ……その国の言葉では、あの壺ってなんていうの?」


「それはわからない。伝わっていない」


「じゃあ、その国の言葉で、あの壺の色をなんていうの?」


「ちょっと待って……確か、どこかに……」


 彼は、いつも持ち歩いている帳面を取り出すと、さがした。


「『アオ』だ」


「アオ」


 とアタシは口に出して言って見た。


 不思議な響きだった。


 あの色に、とってもしっくりする響きだった。


 見たことはないけど、あの澄んだ青空の色に。


 どこまでも澄んだ空に。


「アオ……」


 口の中で言葉を転がす。


「決めた! アタシの名前はアオ! アオにする!」


 それはアタシの新しい始まりに、ぴったりだと感じたんだ。



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