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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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18 なにもできなかった。って、思ってたけど……。

「ま、まぁね……交渉ごとには、ほんのすこしだけ自信があるからね」


 彼は、ちょっと自慢気に言った。


 でも、ハッと我に返ったようになって、恥ずかしそうに、


「……ごめん。なんか手柄話みたいに話しちゃって。雨に打たれていたキミ見た時、すごく後悔したんだ。あんな交渉はせずに、さっさと壺を引き渡せばよかったって……」


「でも、そうしてたら、アタシの借金はキレイにできなかったよ」


 彼は首を振った。


「キミに言われた日。計算してみたんだ。ボクのもっている資産や骨董をぜんぶ処分すれば、キミの借金が返せる上に、外国にふたりで行けるくらいのお金は残っていたんだ。だけど、キミを引き取っても、ふたりして貧乏暮らしなのは目に見えている。だから……壺を売ってからって思ってしまったんだ」


「だけど、それってアタシを大切に思ってくれてたからでしょ?」


 あの日。すぐ借金を払ってくれることを考えていたんなんて、アタシにとっては感動以外のなにものでもないんだけど……。


「キミをすぐに引き取っていれば、キミは酷い目にあうことはなかった……青空の壺は、そのあとで売ればよかったんだ。そうすればあの壺をキミにも見せられた」


 確かにそうかもしれない。


 アタシは詰所で、ひどい目にあうこともなく、こうして二人で船に乗っていた、かもしれない。


 青空の壺の実物だって、見られたかもしれない。


 だけど。


「アタシのママとあのオッサンが、あんなバカなことをやらかすなんて、誰も予想つかないよ」


 娼婦の娘が、お貴族様の血が入ってる娘っていうのは、それなりにある。


 あいつら、えらい人達ぶってるけど、脚の付け根についてるものは、アタシらと変わらないし、子供の作り方も変わらないから、そういうことは起こってしまう。


 だけど。


 その娼婦がそのまま後妻に、しかもムコさんのほうの後妻になって、その家に入り込んでお貴族様の奥様になろうとするなんて、そんな、バカげたこと滅多に起こらない。


「バカふたりがやらかさなければ、アタシはヒドイ目に遭わなかったってことじゃん」


 あいつらがあんなことをしなければ。


 彼は青空の壺を売った上がりで、アタシの借金を堂々と返して。


 アタシを連れ出してくれただろう。


 でも、そうしたら、やっぱりアタシは買われたとしか思えなかったとは思う。


 どっちがよかったんだろう。


 人生ってわからない。


「それは、そうなんけど……好きな相手が生きるか死ぬかなのに、どううまく交渉するかを考えてたなんて……イヤになっただろ?」


 気弱そうにそんなことを言うから。


 アタシは彼の手を握って、ぎゅっと力を込めて、首を振った。


「ぜんぜん。それどころか、そんな時にそこまで冷静でいられたなんて、頼もしいじゃん!」


 彼は小さく笑った。


「頼もしいのはキミだよ」


「……なに言ってんの。アタシは何にもできなかったよ……」



 思い出すと、悔しい。


 娼館では生きることで精一杯。


 文字が辛うじて読めるくらいのことしか知ることができず。


 あと客の、どこまで本当だかわからない話くらいしか、知ることができなかった。


 あとは、男への媚び方と、喜ばせ方だけ。


 アタシは抜け出そうにも抜け出せなかった。


 あのお屋敷でのやり取りだって、うまくいったわけじゃないし。


 詰所でだって、なすがままにされただけだった。


 他の選択肢なんて、なかったと思うけど。それでも。



「キミがあのお屋敷で、ご両親やお嬢様に逆らったから、助かったんだよ。そうでなければ、ボクが何をしたって……」 


「それは、マックが危ない屋敷の見分け方を教えてくれたからで……しかも、アタシの勘違いだったし……」



 飾りがないのは、お屋敷の金回りがよくない証拠!


 なーんて見抜いたつもりになってた自分が恥ずかしい。



「キミは出来ることを精一杯やったんだよ。ボクが自慢げに話したことを覚えてて、知識を実地で生かして。貴族になれるかも、っていう誘惑もはねのけてさ」


「でもっ、アタシ、ひょっとしてうまくいけば……って何度も思ったよ。バカだってわかってたけど」


「でも、そうしなかった。断言してもいいよ。きっとキミは、ボクの言葉を忘れていたとしても、そうはしなかったよ」


「どうしてそんなこと言えるの?」


「キミは客を騙すようなことは一度もしなかった。上がりをごまかすことさえ。お母さんを止めなかったのだって、彼女に聞く耳がないことを、わからされていたからだ」


「それは……」


 なぜだろう。


 お客をうまく転がすってことが、アタシには苦手だった。


 あんな連中、いくら騙してもいい、と思っていたのに。出来なかった。


「あのお嬢さんに関してだって、自分をことさら有利にするようなことを言わなかった。あったことしか言わなかった。壺を買った男は言っていたよ。キミはあったことしか言わなかったって。それもあって、キミを始末するのに、余計うしろめたさがあったみたいだ」


「それは……余計なことを言ってバレたら……」


 なんか、ちがう。アタシはそんな大層なモノじゃない。


 単なるやせっぽちでガリガリの安い娼婦。


 でも、確かに、人を騙すようなことは……。


「で、でも、アタシ! お客さんにお世辞言ったり、気持ちよくさせるために心にもないこと言ったりしたよ!」


 なぜか彼は笑った。優しい目でアタシを見ていた。


「ホテルの従業員が、客の服装を見て『ひどい格好だな』と思ったとしても、それを口には出さないだろ? それがビジネスにふさわしい態度ってもんだよ。キミのもそれと変わらない。ずるとは言わない。キミは一度も悪いことをしていない。それは素晴らしいことだ」


「それは! 悪いことをすることさえ、できなかっただけで……」


 マックは、アタシに言ってくれた。


 どこか誇らしそうに。


「ボクは、そんなキミに好きになってもらえたこと。そんなキミを、あの場所から救えたことを、誇りに思うよ」


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