13 彼から初めてもらった手紙には、ちょっと(いやかなり)引いた!
「あの壺の価値にみあった価格で売るのに、ちょっと時間がかかってしまって……キミの身にあんなことが起こってることに、気づくのが遅れたんだ」
「で、でも、壺にしか欲情しないって……」
「自分でもそう思ってたんだ。だけど……キミに言われた時。キミが側にいてくれたらって考えてみたんだ……」
彼はベッドの腰かけたまま俯いた。
「キミが、その……ぼ、ボクのためだけに……ああいうことをさせてくれるならって……」
ちいさな声で恥ずかしそうにつけくわえた。
「そうしたら……立ったんだ」
「そ、そうなの!? あ、アタシで……? うそ……」
「あ、ああ……そうなんだ。ウソじゃない。もちろん、あの言葉は社交辞令なんだろうと思ったけど、それでも」
「アタシは、壺のことを考えてるオッ立てているのかなって……」
「気づいてたのか!」
「だ、だって……壺にしか欲情しないヘンタイだって……思ってたから、ああ、やっぱり、みたいな」
「はは……まぁ……そうだよな……でも、側にいてくれるっていうのには、その、そういうのだけじゃなくて、せ、生活してる時や旅してる時や、そういうのも……本当だよ。信じて貰えないだろうけど……」
「そ、そんなことないよ! 信じるって」
気まずい。
というよりは、くすぐったい……。
「と、とにかく。キミは何も心配しなくていいんだ」
「それなら、最初からそう言ってくれれば……」
アタシは何の迷いもなく、彼のモノになっただろう。
『それじゃあ仕方ないねー。アタシは今日からヘンタイのオモチャってことね!』とか言いながら。
あの、グダグダもだもだ悩んだ時間を返せ!
彼は、さらに恥ずかしそうにうつむいた。
「……バカだと思うだろうし……ボク自身も、そうだなって思うけど……」
小さい声でつけくわえた。
「キミを買いたくなかったんだ……」
「? それまでずっとアタシを買ってたじゃない。今だから言うけど、アンタは一番いいお客だったよ」
「それは……そうなんだが」
「それに、アンタ骨董商でしょ。ならモノに値段をつけて買うなんて慣れてるでしょうに」
「キミに値段を、つけたく、なかった、いや、つけられなかった」
「一番安い娼婦の値段の相場くらい知ってるでしょ?」
「キミは、ボクにとって、その……娼婦とかじゃなくて……女の子なんだ。ひとりの。この世界にひとりしかいない女の子」
「……」
アタシは言葉をうしなった。
「だから、どうするかはキミに選んで欲しかったんだ……」
あの壺に、ふさわしい値段をつけて売ることができる人が。
アタシには値段をつけられなかったなんて……。
たったひとりの女の子だなんて。
ウソでも、うれしい。
ううん。ウソじゃないことは、わかってる。
「それじゃあ、アタシが、一緒に行くって言わなかったら? アタシは借金がなくなったのも知らずに、いやいや娼館に戻って――」
騙されて働かされてたかもしれない。と続ける前に、
「キミには、別れ際にこの手紙を渡そうと思ってた」
「手紙?」
彼はふところから封書を取り出して、アタシに渡した。
「読んでもいいの?」
彼がうなずいたので、読んでみようと――
「う……」
なにこの細かい字!
きれいな字だから一文字一文字はちゃんと読めるのに。
全体では、小さすぎる字がぎっしりで読みにくい!
恋文だったら(今までもらったことないけど)、見ただけで「うへぇ」と思われるタイプ。
いや、肝心なのは内容。
「う……」
なにこれ!? 丁寧過ぎて、詳しすぎて細かすぎる!
冒頭は、まず、アタシへの謝罪から始まっている。
気持ち悪い男に、変なことを言われて、大変不愉快だったろう、みたいな繰り言が延々と!
飛ばす!
あ。ここで空白の行が入ってるから、内容が変わるみたい! ここから読んでみよう。
内容はと……借金はきれいさっぱり処理したから何の心配もない、うん、ここからだね。
なになに、この部屋に残してあるものは全部アタシのモノだって、ここは書いてある。
服が入っていた箱の底には、数年間、生活に困らないだけのユーカショーケン(ってなんだろう?)が入っていること。
あと銀行には、金のインゴットが預けてあること。
銀行の信頼できる担当者の名前や、いざという時に相談できる弁護士、金や有価証券の換金方法。
その下に、ずらずらと並べられているのは、アタシが受け取ることになっているモノや土地(!!)、建物(!!!)なんかのリストっぽい。
こ、細かい。全部読んでいたら、おばあちゃんになってしまう!
それ以前に頭のシンが痛くなってきた……。
アタシは、とりあえず、手紙に従って、服が入っていた箱の底を探ってみた。
「あ、ほんとだ!」
確かに、箱の底には、大きくて分厚い封筒が入っていた。
これがユーカショーケンなんだろう。
底板と思ってたよ。
「……あのさ。この手紙なんとかならなかったの?」
「え……もっと詳しくなくちゃだめか?」
「そうじゃなくて、詳しすぎでしょ! 自分で言うのもなんだけど、アタシ、読み書きがなんとかできるていどなんだよ! こんな難しくて七面倒くさい手紙いきなり渡されても、困る!」
「ごめん……キミが困らないように、詳しく書いたんだけど……」
アタシは思わずつぶやいた。
「……バカだね」
アタシは娼婦で、安い金で買われて体を開くのがお仕事だった。
そんな相手を金で買いたくなかった、とか。
なんて、甘ちゃんな坊ちゃんなんだろう。
アタシより10歳以上年上で、骨董商としてはそれなりにヤリ手っぽいのに。
アタシが彼を拒んだら、自分の女にすらならない相手に、ひと財産わたすつもりだったなんて。
しかも、こんな詳しすぎる手紙まで書いて。
でも……。
「だってキミは、ボクが初めて好きになった相手だから」
「初めて欲情した生身の女のまちがいでしょ。これ、相手がアタシじゃなかったら大変なことになってたよ! 財産むしりとられただけだよ!」
そう言ってはみたけれど、
借金をキレイにしてもらったことを知った今でも。
アタシは彼に買われた、と感じていない。
最初から借金がチャラになっていることを持ち出されていたら。
アタシは、彼に買われた、としか思わなかっただろうし。
もしかしたら、好かれていることすら、信じなかったかもしれない。
彼に、こんなにもドキドキはしなかっただろうし。
衝動的なキスもしなかっただろうし。
思い出しただけで恥ずかしくなるようなセリフの数々も言わなかっただろう。
すっかり縮こまって俯いてる彼の隣に座った。
「アンタのこと好き。大好き」
彼のことをアタシから抱きしめた。
「え」
「今の話をきいて、アンタのこと、もっともっと好きになっちゃった!」
「ええっ」
「こんなバカバカしいロマンチックな話を聞かされたり、呪いみたいに愛情がこめられた濃ーい手紙を渡されちゃったら、もっと好きになっちゃうしかないじゃん。しかもそのお話のヒロインは、このアタシなんだもの」
言っててはずかしくなった。
アタシがヒロイン? やせっぽちで、がりがりの、一番安い娼婦のアタシが?
タチの悪い客ばかり押し付けられるアタシが?
ちょっと調子にのりすぎじゃない? ひかれちゃったら――
「ボクのヒロインは、キミしかいない」
「!」
この人ってば、もう!
アタシは彼にキスした。
彼は一瞬驚いたようだったけど、すぐに返して来た。
キスした。キスされた。またキスした。またキスされた。
唇だけじゃなくて、互いの顔中にキスした。
最初はじゃれあうみたいだったけど。
たちまちお互い情熱的になって。
キスを続けながら、背後のベッドにもつれあって倒れ込んだ。
互いの体を、さわりあって、どんどん熱くなって、
「いいにおいがする」
「お湯を浴びたばかりだもの……」
「見たいな」
「見て」
彼はアタシの全てを見たがって。欲しがって。
それはアタシも同じで。
無我夢中のうちに、脱いだり脱がされたりで、アタシたちは裸になっていた。
あんなにかわいいワンピースや下着を身に着けたばかりなのにね。
脱がされるために着たみたい。
でも、いつも体を売っている時に脱がされたり脱いだりするのとは全然ちがっていた。
ドキドキして、こそばゆくて、しあわせ。
「わぁ。ほんとうだ。立ってる!」
「そ、それは、キミと一緒だから……」
なにさ。
アタシより乙女みたいなこと言っちゃってさ。
でも、そういうところもますます好き。
いつもと同じように体中を触られて、なめられたけど、ぜんぜんちがった。
きもちよくて、どんどん体が熱くなって。
アタシのほうからも、身体をからませて、おしつけて。
お互いの汗でぬるぬるになって。
「ねぇ、もう……こんなに……いいよきて」
「い、いいの?」
「いいにきまってるでしょ。それに、アタシもほら……」
アタシたちは初めて結ばれた。
彼は、ほんとうに初めてらしくて、ぎこちなかった。
ちょっと前まで、壺にしか欲情しないって思い込んでいた人なんだから、当たり前だけどさ。
でも、アタシを大切にしようっていう気持ちはすごく伝わって来て。
アタシだって、心から好きな相手に抱かれるのは初めてで。
娼館で覚えさせられたいろいろなことなんて全部どっかへいってしまって。
ただただ求めあい続けていた。
しあわせ。




