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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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1/9

1 壺になれたらよかったのに。

では、はじまりはじまり。





 男たちが、アタシをオモチャにするのに飽きて、仕事に出かたり、家に帰ったりでいなくなって。


 やっと解放されたアタシは、巡察隊詰所の宿直室の隅で、眠ろうと目をつぶったら。


 まぶたのうらに浮かんだのは青い壺だった。


 青空の色をした、伝説の名工が作ったという壺。人の背丈くらいあるという壺。


 見たことはないけれど、あいつが何度も何度も語ってくれたから、目に浮かぶようになってしまった。


 語るあいつの姿は、まぶしくて。


 思い出しては、哀しいきもちになる。




 アタシはあの壺になりたかった。



      ※      ※     ※



 アタシは若い娼婦。


 娼館で生まれて育った。


 ものごころついた時には、娼館の下働き。


 化粧と男への媚び方だけを覚えさせられて。


 3年前のある日、いきなり襲われて初めてを奪われて、次の日には、娼婦になっていた。


 それからはずっと、同じ年頃の子が勉強や遊んでいる時間に、男達の相手をしている。


 やせっぽちで、がりがり。


 つやのない黒い髪、かさかさした肌。


 濃い化粧で無理やり色気を出している。


 この娼館で一番安い娼婦だ。


 なのに、この娼館で一番借金がある娼婦だ。


 だから一晩中、ほとんどの日は昼も、客をとるしかない。



 そんなアタシにも何人か常連がいる。


 たいていは安いからか、アタシ相手なら、ひどいことをしてもいいからで。


 キモイし気持ち悪い。痛いし生傷が絶えない。


 でも、娼館に来る客なんてみんなこんなもんだし。


 その中でも、ママが押し付けてくる客はキモイのが多い。



 でも、みんなキモければ、その中ではマシというのはあるわけで……。



「そりゃさ、金さえ払えば、なにしてもいいわけだけどさ」


 ある日、アタシは一番マシな客に、思い切って聞いてみた。


「アタシみたいなのに金払って、裸にしておいて、肝心なことはしないで満足なの?」


 奴は、服を上下ともきっちり着たまま。


 片眼鏡までかけて、じっくりと嘗めまわすようにアタシの脚を鑑賞しながら、淡々と答えた、


「ボクはね、壺、それも上等な壺にしか発情しないんだ」



 うわ。訊くんじゃなかった。


 でも骨董商らしいと言うべきか。


 いや、たぶん、骨董商がみんながみんなこうじゃないんだろうけど。



「じゃあ壺相手にしてりゃいいじゃん」


 壺なら、いくら眺められても触られても、何も感じないだろう。


 ツヤがでるから喜んでさえいるかもしれない。


「上等の壺をなめるわけにはいかないじゃないか……そこまで変態じゃない」


 いや、十分ヘンタイでしょう。



 ヤツはアタシの脚をさわりながらなめまわしはじめた。


 いつものコースだ。たっぷりと見てから、触れてくる。


 脚、腕、首筋、お腹、おっぱい、脚の付け根、最後は顔の隅々まで時間をかけてたっぷりと。


 だけど、絶対、抱きはしない。料金は払っているのに。


 ただただくすぐったい。こんなわけがわからないの相手じゃ演技もしにくい。


 だけど、演技をしなくても、こいつは怒らないし、殴ったりもしてこない。


 だからアタシも、こいつの前だけでは気安くいられる。



 こいつが娼館の家具調度を納入した時、館の主がサービスとしてアタシを提供してからの縁。


 10くらい年上で、顔は地味だし、背は低いし、短足だし、大金持ちってわけでもない。


 裸のアタシを、隅々まで鑑賞し、味わうだけの変態。


 だけど、暴力ふるわない、乱暴な言葉でいたぶってこない、たまにチップまでくれる。


 アタシの話を聞いてくれる。


 それと、アタシをたっぷりと味わいながら、いろいろな話を聞かせてくれる。


 この国だけじゃなくて、あちこちの国へ行って見て来た骨董や美術、うつくしい風景や建物。


 こいつのお陰で、この娼館の外には美しいものがいっぱいあることを知った。


 全身をなめられるのは、今でもくすぐったいだけだけど。


 話を聞いているのは、好きだ。



 ほとんど時間一杯、アタシの全身をたっぷりとなめまわして、満足げにためいきをつく。


「キミの脚やお尻の曲線は、上等な壺みたいだからなめがいがある……」


 満足気にそんなことを言う。


 キモイと思っているのに、うれしい。


 がりがりで、やせっぽちのアタシを、心底ほめてくれるのは、こいつくらいだから。


「磨けば、もっとよくなるのに、もったいない……こんなに傷までつけて」


 男たちに手ひどく扱われて、生傷が絶えないあたしの肌をなでながらそんなことを言うから、


「無理いわないでよ。今夜だってあんたで4人目。昼間だって客取ってるし。自分を磨いてる余裕なんてあるわけないでしょ」


 アタシは、こいつの前では、くだけた口調になって、正直になってしまう。


「ここの主人も、わかってないな……金をかけるべきものが判っていないよ」


「そこまで言うなら。買えばいいじゃんアタシを、毎日でも見て舐められるよ。アンタの相手だけなら、アタシも余裕ができるしさ」


 裏通りで商ってる骨董商じゃあ無理だろうけどさ。


 なんせ、アタシには、ママの分の借金までいつのまにかつけられている。


 アタシはここで朽ちていくんだろう。


 病気か、男に殺されるか、買ってくれる相手がいなくなって追い出されて野垂死ぬか。



 言ってしまってから後悔した。


 こういう時、たいていの男の返事は決まっている。


「いつかな」(そのいつかはこない)


「そうしたいんだけど、お金がね」(うなるほど金があっても、しないんでしょ?)


「お前みたいな女を買うなんて、金をドブに捨てるようなもんだ」(同感!)


 こいつもどうせどれかだろうと予測してたんだけど、



「……買えなくはないかもしれない、うまくいけば」


 ちがう返事が返って来た。



 この変態が言うには、


 最近、さる貴族のお屋敷に呼ばれて、そこの調度品を一切合切まとめて買い取ったそうだ。


 大部分はすでに模倣品や、贋作に置き換えられていたんだけど。


 玄関ホールに飾られていた青い壺が今はなき伝説の工房が最盛期に作った逸品だったらしい。


「もしかして……アンタが良く話に出す青空の壺?」


 その壺は、澄み切った青空のように青いのだそうだ。


「本当は、裏通りの骨董商に手が出るようなものじゃあないんだけど……手に入ったんだ」


 今の貴族は、偽物か本物かの見わけもつかないから。


 二束三文のもひっくるめて、かなり高めの値段でまとめて買い取ったので、相手も喜んだそうだ。


 その壺を転売すればあるいわ。と。



「完璧かつ魅惑の曲線……年月を経ても濁るどころかますます澄んでいく青い色彩……どこをとっても絶品なんだ……いくら眺めてあきないし、思わず舐めたらこれがまた素晴らしい舌触りで……手放したくないんだけどね。キミが手に入るなら、悪くないかも」


 ああ。駄目だこりゃ。


 その壺を思い浮かべている時の、うっとりした顔。


 しかも、本人は気づいてないけど、股間がふくらんでる。


 変態だ。


 アタシでは、そうはならないクセに。


「……はは、期待しないで待ってるわ」


 壺に発情する変態が、売るわけがない。


 壺は一生、いや、割れさえしなければ、何百年ももつけど。


 アタシは、あと20年も経てば、こいつが舐めまわしたくなるような存在じゃあなくなる。


 ましてや伝説のなんちゃらっていう壺が相手じゃ。


 こいつがどっちを取るかなんて、あきらかな話だ。



 期待なんかしない。してはいけない。


 ここで生まれた瞬間から、あたしの人生は負けだと決まっている。


 すり減っていって、それでも懸命にあがきつづけるだけ。


 判っている。良く判っている。


 だけど。


 アタシがその壺だったらよかったのに、と心底おもった。


 なにも感じない陶器なら、苦しい事も、哀しいことも、すりへるような心もないのにね。



 娼館の入り口まで、若い骨董商を見送って。


 後始末を済ませて、浴槽の残り湯で体を洗って、ママと住んでる部屋へ戻ると。


「~♪ ふふーん、ふふーん♪」


 ママが調子っぱずれの鼻歌を歌っていた。機嫌がいい証拠だ。


 アタシから今日の売り上げを毟り取りながら、歌うような口調で、


「ついにあのひとがやったわ! あたしは明日から伯爵夫人、アンタは伯爵令嬢よ!」



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