応為のその後
北斎が息を引き取った長屋には、驚くほど何も残っていなかった。
あるのは、使い古されて毛先が割れた筆の山と、壁に染み付いた墨の匂いだけ。門弟たちは散り、騒がしかった仕事場は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
「……さて。どうしましょうかね、父上」
応為は、父が愛用していた煙管を手に取り、ぽつりと呟いた。
周囲は、彼女が「北斎の娘」として、その画風を守り継ぐことを期待していた。葛飾の看板を掲げていれば、食いぶちに困ることはない。
だが、彼女は荷物をまとめ始めた。
持っていくのは、最低限の着替えと、自ら調合した絵具、そしてレンブラントの模写から学んだ「光」の記憶だけだ。
「私は、北斎の影じゃない。……私は、応為だ」
彼女は葛飾の家を出た。
名前も、住処も、過去も。すべてを脱ぎ捨てるようにして、江戸の雑踏へと紛れ込んだ。
数年後。
江戸の片隅、加賀藩前田家の中屋敷近くに、妙な老女が住み着いたという噂が流れた。
その女は、昼間は寝て過ごし、日が暮れると活動を始める。彼女の描く絵は、それまでの浮世絵とは全く違っていた。
ある晩、訪ねてきたかつての門弟が、応為の描く『吉原格子先之図』を目にした。
そこには、父・北斎が極めた「完璧な線」はなかった。代わりにあったのは、線をも溶かしてしまうほどの、圧倒的な**「光の意志」**だった。
「お栄さん……いや、応為先生。これは、葛飾の絵ではありません。こんなに暗くて、こんなに眩しい絵は、見たことがない」
応為は、筆を動かす手を止めずに笑った。
「当たり前だよ。これは私の目が見た、私の江戸だ。父上なら『線がなっとらん』と怒鳴るだろうけどね」
彼女は、父の模倣者になることを拒んだ。
北斎が「万物を写す」ことを目指したのに対し、応為は「万物を照らす」ことを選んだのだ。
安政年間。
応為は、ふらりとその長屋からも姿を消した。
行き先を知る者は誰もいない。加賀様へ屋敷奉公に出たとも、信州へ旅立ったとも言われたが、確かなことは何もなかった。
ただ、彼女が去った後の部屋には、描きかけの一枚の紙が残されていたという。
そこには、墨の闇を背景に、一筋の光が差し込む様子だけが描かれていた。まるで、自分の人生そのものを光の中に溶かし込んでしまったかのように。
葛飾応為。
父という名の巨大な光から離れ、彼女は自ら「光そのもの」となって、歴史の闇へと消えていったのである。




