第二十二話 雷鳴の果て
――雷鳴が轟いた。
天を裂くような光が、凍てつく王都を照らす。
天神の最後の抵抗。
怒りにも似たその雷が、空から無数の刃となって降り注ぐ。
アヴェルスは即座に動いた。
掌を前にかざし、周囲の金属を一瞬で集束させる。
鋭く伸びる銀の柱――避雷針。
雷光がそれに吸い込まれ、轟音とともに大地を焦がす。
アヴェルスはさらに手を掲げ、金属の流れを操る。
電流を分散させ、フルーとモドキの方へは一切の電気が走らぬよう“流れ”を支配していた。
「フルー! やれ!」
アヴェルスの怒号が響く。
その声に、フルーの心が一気に燃え上がった。
「このっ……!」
天神の叫びを打ち消すように、フルーは駆け出した。
赤い左眼が閃光を放つ。
天神は腕を広げ、同時に三つの現象を呼び出す。
空からの雷、地を焦がす熱、そして氷の雨。
自然そのものが牙を剥いた。
だが――三人はそれを恐れなかった。
雷はアヴェルスの金属が吸い、
熱はフルーの死神の眼が“線”を斬り、
降り注ぐ氷はアヴェルスが槍で薙ぎ払う。
その連携はもはや呼吸のようだった。
フルーは天神に最接近する。
赤く光る瞳が、神の身体を形作る無数の“線”を映し出した。
天神は防御の術を展開しようとする。
だが――すでに体内ではモドキの召喚した魔物たちが暴れていた。
無数の影が神の内側から這い出し、肉を裂き、光を喰う。
「ぐっ……この我が……!」
天神の声が掠れる。
フルーは、走りながら手刀で線をなぞった。
――斬撃の閃光。
音もなく、神の身体を走る一筋の紅い線。
それが、神の命を繋ぐ“生命線”だった。
刹那、雷が止み、風が消えた。
天神の身体がゆっくりと崩れ落ちる。
同時に、氷の街を覆っていた寒気がふっと和らいだ。
凍てついていた大地が、少しずつ温もりを取り戻していく。
「寒さも……この神が……」
フルーは肩で息をしながら呟いた。
赤い左眼の光がゆっくりと静まる。
アヴェルスとモドキが駆け寄ってくる。
「やったね! フルー君!」
モドキは尻尾を勢いよく振りながら喜びをあらわにした。
「……うん」
フルーは短く答え、息を整える。
胸の鼓動がまだ激しく鳴っていた。
視線の先、神が崩れた跡にはただ静かな風が流れていた。
「これで……支配は終わる?」
フルーの問いは当然のものだった。
だが、その声にはわずかな不安も混じっていた。
しかし、フルーはふと我に返った。
胸の奥がひやりと冷たくなる。
(……違う。この神じゃない。ボクを“廃棄”したのは……)
思考が形になるように、フルーの口から言葉が漏れた。
「そうだ、ボクを廃棄した神は別の……」
その瞬間、フルーの瞳が大きく見開かれた。
「もう一人はいるってことか」
モドキが静かに言った。
その声は軽いようでいて、底に鋭さを含んでいた。
「今更、何人いようが関係ない。全部殺す」
アヴェルスの瞳には闘志が宿っていた。
氷でも炎でもない、もっと乾いた、強い決意の火。
けれど――フルーは口を開いた。
ほんの少し、勇気を振り絞るように。
「でも……」
躊躇いが喉にひっかかる。
それでも、言った。
「あんな無茶な戦い方はやめてよ……」
フルーは少しだけ横を向き、照れ臭そうにしながらもそう告げた。
アヴェルスは表情を変えない。
だが、その沈黙の裏側で何かが僅かに揺れたことを、フルーは感じ取っていた。
「そうそう! おれの負担も考えてよね!」
モドキがいつもの調子で軽く言う。
その明るさが、空気をほんの少し、柔らかくした。
「煩い」
アヴェルスは短く返す。
けれどその声には、どこか張り詰めたものが解けた気配があった。
フルーは胸の内で静かに思った。
痛みがなくても、不死身でも、アヴェルスには“人”でいてほしい――と。
アヴェルスもまた、横に立つ少年の小さな願いを感じ取っていた。
寒さの緩んだ肆の国の風が、三人の間を通り抜けていく。
その風は、フルーの人らしい温かさを運んでいるようだった。
◇
一方その頃、漆の国。
声神――エコリアは、アヴェルスたちの後を追うために静かに移動を開始していた。
しかし、その背後に影が差した。
――ズブリ。
「かっ!?」
鋭い痛みとともに、胸を貫く音がした。
エコリアは鮮血を吐き、見開いた瞳でゆっくりと後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、金髪の女。
瞳は黒と白のオッドアイ――不吉で、美しく、完全な“死”の象徴。
「あはははは」
少女の口から、鈴の音のような笑い声が響いた。
だが、その響きは冷たく、底が見えない。
「オッドアイ……死神……」
エコリアは息を震わせながら呟いた。
その瞬間、死神は貫いた手を引き抜き、上から振り下ろす。
光が散り――声神の身体が切り崩れる。
「同じ力は私だけでいい」
死神はエコリアの胸元から淡い光の塊――シンを取り出した。
そのまま自分の体内へと吸い込むように取り込んでいく。
快楽にも似た恍惚の表情で、少女は瞼を閉じた。
そして――口角をゆっくりと吊り上げる。
「待っててね、シロホン」
その声は、優しさではなく恋そのものだった。
ただ“執着”だけが宿った、狂気のささやきだった。




