表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SIN〜シン〜 選ばれなかった少年は、悪魔と共に“死神の眼”で神を斬る  作者: 神野あさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/23

第二十一話 廃都市にて

 ――地下の廃都市にて。


 薄暗い灯が、ひび割れた壁に揺れている。

 滴る水の音が反響し、どこか遠くで金属が軋むような音がした。

 冷たい空気の中で、三人は身を寄せ合うように腰を下ろしていた。


「そんな……」


 アヴェルスの話を聞いたフルーは、息を呑んだ。

 言葉が出ない。

 ただ、その静かな告白の重さに胸を押しつぶされそうになっていた。


「でも……コーヒー、飲んでたよね?」


 ようやく絞り出した言葉は、幼い問いのように響いた。


「あれは香りを楽しんでいるだけだ。味は分からん」


 アヴェルスは即座に答えた。

 その声は淡々としていて、悲しみの色すらなかった。

 彼にとって“味覚”はもう遠い概念でしかない。


 フルーは唇を噛みしめた。

 食事の意味すら、彼からは奪われている。


「同じ人間って、思ってないんだよ。……同じ人間なのに」


 モドキが肩の上で呟いた。

 いつもの軽い調子はなかった。

 小さな声には、確かな怒りが滲んでいた。


 フルーは何も言えなかった。

 思い出していた。

 自分もまた、“廃棄”された存在だったことを。

 神に見放され、不要とされた。

 ――あの日の寒さが、今もまだ消えない。


 フルーは拳を握る。

 爪が手のひらに食い込む感触。

 それでも痛みよりも、心の中の熱の方が強かった。


「ボクに……出来ること……」


 誰に向けるでもなく呟いた。

 死神の眼を持つ者として、このまま見過ごすことはできない。

 もう、抵抗できなかった頃の自分とは違う。


「神を……斬る」


 フルーは左手で眼帯に触れた。

 その下の瞳が、微かに赤く光を放つ。


「ああ、問題は……ウルには対抗手段がないことだが」


 アヴェルスは腕を組み、低く呟いた。

 その声音には焦りではなく、冷静な分析の響きがあった。


「ボクじゃ……だめ?」


 フルーの問いに、アヴェルスは少しだけ目を伏せる。


「駄目じゃない……が」


 その言葉の奥に、複雑な感情があった。

 迷い、恐れ、そして――希望。


 フルーの死神の眼は強力だ。

 だが水神ウルの力は、それを上回る。

 ただの力ではない。体術、反応、そして“冷酷さ”が違う。

 フルーはまだその領域に達していない。


「フルー君でも厳しい……この現状、どうする?」


 モドキが重く問う。

 いつもの冗談を交える余裕もなかった。


「とりあえず、帰ったみたいだし――ここの神を殺す」


 アヴェルスの答えは迷いがなかった。

 今は水神を追うよりも、この国を支配する神を討つ方が先。

 ウルへの復讐は、その先にある。


 三人は警戒を怠らず、廃都市の外へと出た。

 崩れたビルの残骸を越え、夜の王都へと向かう。


 氷の風が吹き抜ける。

 遠くで鈴のような音――氷柱が落ちる音が響く。


「神って言えば、大体えらそーなとこにいると思うけど……」


 モドキがアヴェルスの肩で尻尾を揺らした。


「神殿とか?」


 フルーは周囲を見渡しながら言った。

 街は静まり返り、灯りはほとんどなかった。


「この国を支配してるんだ。中心にいてもおかしくない」


 モドキが答える。

 吹き荒れる雪の中、三人はゆっくりと歩みを進めた。


 三人が王都の中央区に差しかかった、その瞬間だった。


 ――空が軋む。


 次の瞬間、頭上から無数の氷の槍が降り注いだ。


「ちょっ!? なんでーっ!?」


 モドキが悲鳴を上げる。

 アヴェルスは即座に反応し、手をかざして金属を生成。

 光沢のある盾が展開し、氷の雨を弾き飛ばした。


 氷の破片が地に突き刺さり、音を立てて蒸気を上げる。


「水神、帰ったはずじゃ……!」


 フルーの目が見開かれる。

 だが――降り注ぐ氷の中から現れたのは、別の存在だった。


 白銀の髪、氷の冠、そして瞳に映るのは空そのもの。

 天候を司る神――天神あまがみ


「我の庭で好き勝手してくれたな、悪魔」


 低く、響く声。

 言葉と同時に、天神が片手を前へとかざした。


 ――大地が裂け、熱風が吹き荒れる。


 氷の次は、灼熱。

 極端に振れる天候が、まるで神の気まぐれのように三人を襲った。


 アヴェルスは金属の盾をすぐに溶かし、構えを解く。

 その表情は冷静だが、目だけは鋭く光っていた。


「ひえっ! あっつうい!」


 モドキは焦げそうな声を上げ、丸い額に汗をにじませる。


 フルーはその隣で、眼帯に手をかけた。


「……」


 外した左眼が、赤く光を放つ。

 死神の眼が、熱そのものの“線”を捉える。


 彼は空を見上げ、熱の流れを手刀でなぞった。


 ――シュッ。


 刹那、音が消える。

 空気が冷え、炎が霧散する。


「熱が……消えた?」


 モドキが目を瞬かせる。

 フルーは息を荒げながらも、赤い瞳を閉じた。


「ああ、それでいい。……これで、あの声も斬れるな」


 アヴェルスが小さく呟いた。

 その声には、わずかな満足が混じっていた。


 モドキは形態を変える。

 四足の“シャチの魔獣”へと変化し、背中を低く構えた。


 アヴェルスは槍を生成し、その背に跨る。

 冷たい金属の槍が光を受けて輝く。


 ――悪魔の騎乗兵。


 凍てつく街を裂くように、アヴェルスとモドキは突撃した。


 天神が両手を掲げる。

 空が鳴り、再び氷の雨が降る。


 だがアヴェルスは止まらない。

 氷が身体を貫いても、一歩も退かない。


 血が流れ、服が裂け、肉が抉られても――

 その足取りは止まらなかった。


「アヴェルス……?」


 その姿を見て、フルーの胸が締めつけられる。

 彼には痛みがない。

 だからこそ、限界を超えても止まれない。


 ウルに敗北した焦燥。

 その屈辱が、彼の冷たい肉体を突き動かしていた。


 アヴェルスは叫んだ。


「モドキ――今だ!」


 モドキが天神に跳びかかる。

 その瞬間、体が青白く光を放つ。


 召喚喚起――発動。


 モドキは水分を媒介に、天神の体内から無数の魔物が出現した。


 小さな爪、羽音、黒い影。

 それらは内側から天神を貫き、氷の肌を割って這い出してくる。


「な……っ」


 天神が驚愕に息を詰めた。

 神の肉体から湧き出る異形の群れ。

 その苦痛に、空が悲鳴を上げるように雷鳴が轟いた。


 アヴェルスは無言のまま槍を構え、駆けた。

 フルーは赤い眼で線を見つめ、次の一撃のタイミングを計る。


 ――悪魔と廃棄された少年。

 神々に抗う二つの存在が、今、共に天を裂こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ