表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄された少年は悪魔と契約し、“死神の眼”で神を斬る ― SIN ―  作者: 神野あさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

第十八話 氷の王都、鏡の影

 ――白銀の大地を越えて。


 一行は、北の村を後にした。

 目指すは()の国の王都。

 この国を支配する“神”がそこにいる――そう確信していたからだ。


 吹雪の切れ間を縫うように、モドキが翼を広げる。

 凍える風を裂きながら、二人の影を乗せて飛んでいた。

 雪原の向こうには、かすかに黒い城壁が見えてくる。


 ――それが、肆の王都。


「見えてきたな」


 アヴェルスの声が風に混じる。

 フルーは眼帯の下に手を添え、霞む景色を見つめた。

 だが、次の瞬間――


 バチィィンッ!


 乾いた衝撃音が響き、視界が弾けた。

 モドキの身体が空中でよろめき、翼が大きくしなる。


「結界だー!?」


 モドキが悲鳴に近い声を上げた。

 王都の周囲には、透明な壁のような結界が張り巡らされていた。

 侵入を防ぐだけでなく、上空からの攻撃も遮断している。


「仕方ない、降りて地上から行く」


 アヴェルスが冷静に言った。

 彼の声にはわずかに苛立ちが滲むが、判断は迅速だった。


 三人は高度を落とし、雪原の端に着地する。

 冷たい雪が靴を沈ませ、踏みしめるたびに音が鳴る。


 モドキはましゅまろモードに戻り、アヴェルスの肩にふわりと乗った。

 その姿だけが、白い世界にひとつの色を添えていた。


 目の前には高い城壁。

 鋼鉄の門が閉ざされ、兵たちが交代で見張りをしている。

 入るには正式な手続きが必要らしい。


「めんどうだ」


 アヴェルスがぼそりと呟く。

 その声音には、どこか戦場慣れした兵士の面倒臭さが滲んでいた。


「でも、ここで殺したら余計面倒だよ!」


 モドキが即座に言い返す。

 軽い口調だが、内容は至極まっとうだ。


 アヴェルスはため息をついた。

 強引に突破する手も考えたが、モドキの言葉に否定された。


「……わかった」


 結局、彼は渋々手続きを始めた。

 門番との形式的なやり取りを交わし、書類に名を書き、身分を偽る。

 その一連の手際は、軍人のように冷静だった。


 フルーは少し離れた場所で、その様子を黙って見ていた。

 雪の粒が頬にあたり、冷たさがじわりと広がる。


 その時――


 背後から、かすかな足音が聞こえた。


 フルーは反射的に顔を向ける。

 雪を踏む音が、ゆっくりと近づいてくる。


 そして――彼は目を見開いた。


「え……」


 声が震えた。

 視界に現れたのは、一人の男。


 青黒い髪。

 アヴェルスとは違う軍服をまとい、肩章には見慣れない紋章が刻まれている。

 だが、その顔――


 左眼の下にある泣き黒子。

 整った輪郭、鋭い瞳。


 アヴェルスと、まるで“鏡写し”のようだった。


「やあ!」


 男は軽い調子で声をかけてきた。

 その笑みには、冷たい光が宿っている。


 フルーは直感で身構えた。

 短剣を抜き、左眼の下の線をなぞる。

 刹那、手刀のように線を斬り払う――だが、空を切った。


 男は一歩だけ身をかわし、軽く笑った。


「キミが、死神の眼の……へえ」


 その声には愉快そうな響きが混じる。

 まるで新しい玩具を見つけたかのように。


 門の方で手続きを終えたアヴェルスが、振り返った。

 その目が、青黒い髪の男を捉えた瞬間――息を呑む。


 彼は即座にフルーの肩を引き寄せ、門の内側へと押し込んだ。

 門番たちがざわめくが、構わずに遮断結界を起動する。


 雪が舞い、風が止む。


「ウル……」


 アヴェルスの唇から漏れた言葉。

 その声には、怒りと焦燥、そしてかすかな恐怖が入り混じっていた。


「ええ、何でここに!?」


 モドキの声が裏返った。

 小さな身体を震わせ、焦りを隠せない。


 目の前の男――水神ウルは、まるで愉快な遊戯を楽しむかのように微笑んだ。

 指先で一つの金属の鍵を弄びながら、軽い調子で言う。


「鍵神の能力はね、空間を繋ぐんだよ?

 この鍵でひとっ飛びってわけですよ」


 その言葉が終わると同時に――地面が裂けた。


 瞬間、氷の柱が突き上がり、アヴェルスの身体を貫く。


「――っ!」


 鈍い音とともに血が舞い、氷に紅が走った。

 フルーの目が見開かれる。


「アヴェルス!!」


「油断しすぎですよ?」


 ウルの声は穏やかだった。

 唇に笑みを浮かべながら、まるで旧友に説教するかのように続ける。


「アヴェルス君のそういうとこ、治さないと」


「お前っ!!」


 フルーは怒号を上げ、短剣を構えて踏み出した。

 しかしその腕を、アヴェルスの手が押さえた。


「動くな」


 低く、鋭い声だった。

 次の瞬間、アヴェルスは自らの身体を貫いていた氷の柱を、力づくで引き抜く。


 音を立てて氷が砕け、赤い血が雪上に散る。

 だが――


「……再生してる……?」


 フルーは息を呑んだ。

 アヴェルスの身体の傷は、みるみるうちに塞がっていく。

 その血も、骨も、肉さえも、瞬く間に元の形へと戻った。


 これが――悪魔の、吸血鬼の再生。

 不死なる存在の証。


「いいよねぇ。何度でも遊べちゃう身体」


 ウルは胸に手を当て、楽しげに言った。

 その笑みには、友情ではなく、狂気に似た親愛が宿っている。


「お前も、似たようなもんだろ」


 アヴェルスの声は低く、冷ややかだった。

 雪原の空気が、二人の間で張りつめる。


「やばいよ、ご主人様……」


 モドキが呟いた。

 彼女の小さな額にも、うっすらと汗が滲む。


 フルーは短剣を構え、息を詰めた。

 目の前の“神”から感じる圧は、今までのどの敵とも違う。


「子どもが、そんなもの持ってたら危ないよ」


 ウルが軽く指を鳴らした。


 次の瞬間――フルーの手に握られていた短剣が、ぐにゃりと形を失い、水へと変わった。


「っ……!!」


 冷たい液体が指の間から滴り落ちる。

 その光景に、フルーの背筋が凍った。


 ウルは、金属を“水”に変える。

 つまり――アヴェルスの最大の能力“金属生成”を完全に無効化できる。


 水神ウル。

 その存在は、アヴェルスにとって正真正銘の“天敵”だった。


「さて、次はどうする?」


 ウルは右手を掲げる。

 指先が再び鳴った。


 ――ゴウッ!


 轟音と共に、彼の背後から水が溢れ出した。

 まるで大地そのものが海へと変わるかのように、王都の空気が湿り、温度が下がっていく。


 瞬く間に形を変える奔流。

 押し寄せた水は、鋼鉄の壁をも砕く勢いで三人を襲った。


「来るぞ!!」


 アヴェルスが叫ぶ。


 フルーは咄嗟にモドキの背に飛び乗り、アヴェルスの腕を掴んだ。

 モドキが翼を広げ、暴風と化した水流の中を上昇する。


 だが、背後で響いた音は――破壊の音だった。


 轟音。

 城壁が崩れ、門が吹き飛ぶ。

 波が王都を呑み込み、氷の欠片が空に散った。


 吹き荒れる水と風の中、ウルは静かに笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ