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SIN〜シン〜 選ばれなかった少年は、悪魔と共に“死神の眼”で神を斬る  作者: 神野あさぎ


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第十五話 声の街、沈む港

 ――港町の朝。


 潮風が吹き抜ける中、三人はゆるやかに歩いていた。

 海鳥の声が響き、船着き場では商人たちの呼び声が飛び交う。


「必要なものがあれば買って、次の目的地へ向かう」


 アヴェルスの一言に、フルーとモドキが頷いた。

 いつもの喧騒。

 能力者が無能力者を見下ろす光景も、この街では日常の一部だった。


 だが――その日だけは違った。


 通りを歩いていた人々の動きが、ふと止まったのだ。

 まるで時間が少しだけ遅れたような、不自然な静止。


 次の瞬間、全員の首が、ゆっくりと三人の方を向いた。


 瞳は虚ろ。

 口角だけが、異様に上がっている。

 その光景は、人ではなく“操り人形”の群れのようだった。


「……!」


 フルーが息を呑む。


 人々は同時に動き出した。

 三人を取り囲むように、手を伸ばし、無表情のまま近づいてくる。


「どこかに声神がいる」


 アヴェルスの声が低く響いた。

 即座に金属の紐を生成し、地面を這わせる。

 鋼の線は瞬く間に生き物のように伸び、人々の手足を絡め取り、拘束していく。


 その時――


『動くな』


 空気を震わせるような声が、港全体に響き渡った。

 それは優しく、しかし抗いがたい“命令”だった。


 フルーは反射的に動いた。

 眼帯の下で、左眼が赤く光る。


(見える……!)


 声が届くより先に、空気に“線”が走る。

 音の軌跡――命令の形。

 それを左眼が捉えた。


 フルーはその線を手刀で断ち切った。

 音が弾け、声が霧散する。


「っ……!」


 遠くの建物の屋上。

 そこから状況を見ていた声神〈エコリア〉が、驚愕に目を見開いた。


「死神の眼が深化している!?」


 声がかすれる。

 フルーがこちらを見上げた。


 ――視線が交わる。


 フルーは駆けだした。

 人ごみを掻き分け、一直線にエコリアのもとへ。


『動くな!』


 再び声が飛ぶ。

 だが、もう通じない。


 フルーの左眼は音の線を見抜き、瞬時に斬り捨てた。

 彼の周囲だけ、音の届かぬ“静寂の空間”が広がる。


 エコリアは舌打ちし、素早く後退した。

 銀髪が風に舞う。


 フルーは懐から短剣を引き抜く。

 左眼が閃き、空気の中の“声の線”をなぞる。


 エコリアが自身に命令を紡ぐ。


『回避!』


 だが、その言葉が終わるよりも早く――

 フルーの短剣が走った。


 声の線ごと、空気が裂ける。

 エコリアの身体がわずかに反応した。


 左腕に熱い痛みが走る。


「っ……」


 血がにじんだ。

 見ると、フルーの刃がわずかに腕をかすめていた。

 ほんの浅い傷。

 しかし、その感覚には違和感があった。


 ――腕が、動かない。


 エコリアは後ろへ跳び、距離を取る。

 指先に力を込めようとしても、動かない。

 神経が――斬られかけていた。


(……まさか、言葉の“構造”だけじゃなく、肉体の“線”まで……!)


 エコリアは息を詰め、唇を噛んだ。

 目の前の少年の眼に、確かな“殺意”と“覚悟”が宿っている。


「……本気で、神を殺す気なのね」


 その呟きは、風に溶けて消えた。


 鋭い風が、港の屋根をかすめた。


 その上空から――アヴェルスが現れた。


 モドキは“ましゅまろモード”を解き、黒い羽を大きくはためかせる。

 翼が風を切り、羽音が低く鳴る。


 その背に、アヴェルスが飛び乗った。

 槍を構え、体勢を低くして構えを取る。


 ――魔物に乗る、悪魔の騎兵。


 その光景を見た人々は、操られた虚ろな瞳のまま、ただ立ち尽くすしかなかった。


 アヴェルスは一瞬の間を置き、一直線にエコリアへと突っ込む。

 その動きは疾風のように速く、音をも置き去りにした。


『動くな!』


 空気が震える。

 エコリアの声が響く。

 だが――その瞬間には、すでにフルーが反応していた。


 赤い左眼が光り、短剣が空を走る。

 声の線を、正確に斬り裂いた。


 命令は届かない。

 風が止み、二人の呼吸が重なる。


 アヴェルスの槍が、真っ直ぐに走った。


 鉄の閃光。

 鋭い突きが、エコリアの胸元へ迫る。


「どうして……! 私はあなたを愛しているのに!」


 エコリアの叫びが響いた。

 声は震え、涙を含んでいた。


 だが――アヴェルスは、ただ無表情に彼女を見つめ返す。


「オレは好きじゃない」


 その一言が、エコリアの心を貫いた。

 それは槍よりも鋭く、冷たく、容赦のない真実だった。


 槍が振り下ろされる――その瞬間。


 ――パシャッ。


 鋭い金属音が、水音に変わった。

 槍の刃が、溶けるように崩れ落ちる。


「っ!」


 アヴェルスの目が見開かれる。

 彼の足元に広がる水面。

 金属の糸も、槍も、全てが液体へと変わっていた。


「何……が……」


 フルーが戸惑い、アヴェルスを見上げる。


 アヴェルスは即座に状況を理解し、判断を下した。


「モドキ、上昇!」


「あいよっ!」


 モドキが羽ばたき、風圧を巻き上げる。

 アヴェルスはフルーの肩を掴み、その身体をモドキの背に乗せた。

 空へ――一気に上昇する。


 下では、エコリアが膝をついていた。

 左腕を押さえ、荒い息を吐く。


「……邪魔しないんじゃ、なかったの?」


 その声は、かすれて震えていた。


 背後の影がゆっくりと歩み寄る。

 人ごみの中、誰にも姿を見せぬまま。


「助けてあげたんだから、いいじゃん」


 軽い声が返る。

 それは、あの飄々とした水神の声だった。


 エコリアは微かに笑い、息を整える。


「逃げられたか」


「逃がした、の間違いでしょ」


 水神は人ごみに紛れたまま、楽しげに言った。

 エコリアは顔を上げ、空を見つめる。

 夜空の中を駆ける、黒い影――モドキの翼の軌跡が見えた。


「……水神、あなたって、本当に性格悪いわ」


 そう呟いたエコリアの声は、寂しげに笑っていた。


 ◇


 上空。


 風が冷たく、海が鏡のように光っていた。


「どうしたの?」


 フルーがモドキの背で尋ねる。

 アヴェルスはしばらく答えず、下を見つめたままだった。


「……水神が近くに来てた」


 代わりに答えたのはモドキだった。

 羽ばたきを続けながら、声には珍しく緊張が混じっている。


「あいつには、無策では挑めない」


 アヴェルスの顔は硬かった。

 普段の冷静さも、皮肉めいた笑みも消えている。

 その額には、うっすらと汗が滲んでいた。


 フルーは、その横顔を見つめる。

 初めて見る、アヴェルスの“恐れ”に似た表情。


 何も言わずに、ただその背を見つめ続けた。


 風が吹き抜ける。


 その静寂の中、アヴェルスがぽつりと呟いた。


「……ウル」


 その名を呼ぶ声は、低く、かすかに震えていた。


 ――水神ウル。

 アヴェルスの最大にして、最強の敵。


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