砂の月5
「桜悠様、おはようございます。お召し替えをして朝食に致しましょう」
「ん……おはよう……?巫女様……あれ?」
「椿でございます。長椅子で寝ていらしたのでこちらにお運びしました。慣れないことでお疲れになったのでしょう。今日のほうが色々大変ですよ」
そうだった!ここはおうちじゃなかった!それに長椅子はベッドではなかった! お兄ちゃんに教える前にわかって良かったぁ。それからえっと巫女様のお名前は椿さん……あーさんはダメなんだった。椿、椿、椿……と呪文のように唱えていたら椿に笑われた。だってお母さんくらいに見える人を呼び捨てにするってなかなか慣れないよ……。
ご飯を食べながら今日は行儀作法ってものをお勉強すると教えてもらった。
(トントン)
「桐樹様がお見えになったようです。椅子からお立ちになってお待ちください」
あたしが頷くと椿が扉を開けて桐樹様と知らない女の人を招き入れた。
「おはよう」
「おはよう」
「桜悠、年長のものに対しては『おはようございます』と言いなさい。昨日はかなり疲れていたようだが体調はどうだ?」
「おはようございます。たくさん寝ました」
「……『たくさん寝ました』ではなく『よく休めました』だ」
「よく休めました」
「よろしい。言葉遣いは使っていけば身につくであろう。どんな風に言葉を使っているかよく耳を傾けるようにしなさい」
「うん」
「『はい』だ。まぁいい。先に進めぬ。紹介しよう。そなたの行儀作法の先生で楓乃様とおっしゃる」
「桜悠さん、おはようございます。楓乃と申します」
「おはようございます。桜悠ともう、もう?」
「『申します』ですね。早速実践なさろうとしている姿はとても素晴らしいです。さて、本日より9時から11時までの間、貴族の子女として相応しい言葉遣いや立ち振る舞いができるように私がお手伝い致します。それでは桐樹さん、後は私に任せなさい」
「よろしくお願いします」
こうしてあたしのお貴族様になろう特訓が始まった。
「桜悠さん、返事は『はい』か『いいえ』で」
「常に背筋は伸ばして」
「『ごめんなさい』ではなく『申し訳ありません』です」
「自分のことは私と」
「動作はゆっくりと」
「違います。そうではありません」
うぅ……難しいよ……。散々ダメ出しをされてあたしの頭がぐるぐるになってきたところで11時の鐘が鳴った。
「本日はここまでですね。背筋、指先を常に気をつけるように。明日また参ります」
「はい。ありがとうございました。ごきげんよう」
何度も練習させられた挨拶をする。
「ごきげんよう」
や、やっと終わった。
昼食を食べ終えると今度は桐樹様のところへ連れて行かれた。
(トントン)
扉が開いて知らない巫女様がでてきた。
「桜悠様をお連れしました」
「お入りください」
中に入り優雅にスカートをちょっとつまんで挨拶挨拶。
「こんにちは、桐樹様」
あたしの挨拶を受けて桐樹様が頷く。ほっ、合格だったみたい。
「ここに座りなさい。まずは基本文字から覚えてもらう」
あたしが座るとこれが手本だと白いひらひらしたものににょろにょろ書かれたものを渡された。白いひらひらが紙で、にょろにょろと見えるものが文字だそうだ。これで文字を書く、とペンを渡され、ペンの持ち方を教えてもらう。
「では基本文字を一つずつ見て書いて読んで覚えなさい」
そう言って文字を1つ選んで読みながらあたしの手を取って紙に書く。何度か続けた後に、次は一人で読みながらなぞるように言われまたそれを何度も繰り返す。ブツブツカリカリ……覚えたら次の文字、また次の文字と桐樹様に教えて貰いながらあたしは頑張った。そうして3時の鐘が鳴ったところで巫女様がまた新しい女の人を連れてきた。誰だろう?
「ちょうどいい、桜悠、休憩にしよう」
「はい」
巫女様たちがテーブルの上を片付けだしお茶の準備をし始める。あたしは美味しそうなクッキーに目が釘付けだ。頑張ったらちょっとお腹が空いたんだもん。でもクッキーはお預けとなった。
「お茶の前に紹介しよう。このものがそなたの侍女となる蓮だ」
「桜悠様、蓮と申します。緑の宮様より桜悠様の侍女としてお仕えするよう仰せつかりました。よろしくお願い致します」
「侍女?」
「今の椿のようなものだ。貴族の子女には普通幼い頃から侍従、侍女がつけられており、紫の宮に行く時に必ず1名を伴って入学することとなっている。蓮は側仕え養成所を卒業したばかりだがとても優秀だと聞いている。何かしたい時、何か問題が起きた時、まずは彼女に相談しなさい。蓮、よろしく頼む」
「はい。お任せください」
「よろしくお願いします!」
「桜悠様、私は侍女ですのでこういう場合は、『よろしくお願いね』くらいがよろしいかと思われます」
「……よろしくお願いね」
「ふっ、その調子で桜悠の言葉遣いを注意してやってくれ」
口を開く度に蓮にこういう時は……と注意されながら和やかな? お茶の時間が終わり、桐樹様が基本文字をいくつ覚えたのか確認しようとにこやかにあたしに言った。えっ!? か、確認!? かなりたくさんあったような……慌ててあたしはお手本の紙を見た。たくさん練習はしたけど……自信ない。あー見直す時間下さいっ。
すると目の前から桐樹様が消えた。見回すと蓮も巫女様たちもいない。あっ! これって! まさか時間が止まった!? 女神様ありがとー、じゃなくてありがとうございます!
見て読んで書く! この文字はなんて読むんだっけ? 桐樹様はなんて言ってたっけ? 一生懸命思い出しながらいっぱい練習してなんとかお手本を見ないでも書けるようになった。これなら大丈夫かなって思えるようになって、もう一度女神様にお礼を言うと桐樹様が目の前に現れた。
ブツブツカリカリ……
「ほぅ、桜悠、そなたは思っていたより優秀なのだな。よくて半分くらいかと思っていたが……これならかなり計画を進めらる」
あっ……あたし失敗した? 明日からのお勉強を考えて青くなった。
「明日になったら忘れていたでは困る。部屋でも繰り返し勉強しなさい」
「は、はい」
夕食を食べて入浴を済ませた後、今日の復習を蓮に手伝って貰いながら気になってたことを聞いてみた。
「どうして蓮は侍女になったの? 」
「私の両親は名前の通り平民なのですが、両親とも第8伯爵家に使えております。立派な侍女になるよう幼い頃から厳しく育てらたのです。 侍女以外になろうと思ったことはございません」
「へぇ……じゃなくて、そう」
「私ごとになりますが少しお話させて頂いてもよろしいですか」
「はい……じゃなくて、どうぞ」
蓮に言い直しをさせられながらお話を聞く。
「私には双子の姉がいるのですが、試しの門の儀式を終えた後2人で紫の宮にある側仕え養成所の試験を受けたのです。運良く共に合格することができたのですが、どちらか1人にしか伯爵家からの支援はできないということになりました。妹である私が養成所へ行くのを諦めるようにと両親から言われたのですが、その話を聞いた緑の宮様が、折角合格出来たのだからと私を支援して下さることになったのです。そうして私は養成所に行くことができ色々と学ばせて頂きました。そしてこの度桜悠様の侍女を探しているという話を聞きまして、緑の宮様への恩返しのために桜悠様の侍女になりたいと自分を売り込みに参りました。ですが緑の宮様にはそれでは娘は任せられない叱られました。」
「どうして?」
「緑の宮様は、恩返しという気持ちからではなく、侍女として娘の力になりたいと思ってもらわないと困ると仰いました。あぁ私はまだまだと恥ずかしくなりましたが、緑の宮様はこんな半人前な私に、今後は娘を一番に考え、誠心誠意支えようという気持ちがあるのであればしっかりと仕えるといいとお許しを下さったのです。こんな私ですが、桜悠様のお側に置いて頂けますか?」
「あたし、じゃなくて私のほうこそいっぱい迷惑かけちゃうけどいいの?」
「それをフォローするのが私の仕事でございます」
「よろしくお願いします……よろしくお願いね」
「はい。誠心誠意仕えさせて頂きます。ではもう少し本日の復習をしておきましょうか」
蓮はとっても厳しい侍女だった。