砂の月4
(トントントン)
お父さんとお母さんと一緒に約束の11時に神殿にやってきた。暫く待つと中から巫女様が出てきて神殿長室に案内される。
「桐樹様おはようございます。4の里の桜……桜悠とその父母です」
お父さんとお母さんが両手を交差し深く頭を下げ緊張しながら挨拶をした。あたしも慌ててお父さんたちの真似をして一緒に頭を下げる。
「桜悠と豹と杏だったか。顔を上げてこちらに来て座りなさい」
お父さんの方見ると、おいでとあたしの手を引いて桐樹様の座っている場所の対面にある椅子にあたしを真ん中にして腰掛けた。
「まずは桜悠、2つ名を女神様から賜ったことを心から祝福する」
全然嬉しくないあたしはむすっとしてそっぽを向いた。だってなんもいい事なんてないもん。桜よその家の子供とかになりたくないもん。でもお父さんが慌ててありがとうございますと言い、お母さんからほら、桜も……と肘でつつかれたので仕方なくありがとうと言った。あたしが両親と離れたくない思っていることを察した桐樹様はひとつため息をついて話し出した。
「……少し昔話をしよう。昔と言ってももう何百年も前のことなのだが、桜悠のように6歳の試しの門で2つ名になった平民がいた」
ちょっと興味が湧いて顔を上げ桐樹様を見た。桐樹様はあたしをじっと見つめながら話を続ける。
「ある時その子供は突然紫の学び舎に入るよう呼び出された。その子の親は当然貴族社会のことを何も知らなかったし、子供が学び舎で必要なものを買い与えるお金もなかった。貴族からの寄付でどうにか必要なものを揃え入学したが、最初は読み書きもできない、貴族社会の常識も分からないから、一部貴族の子らにバカにされたり仲間に入れて貰えなかったり惨めな思いをしたそうだ。一方その子の親は自分たちの子供が貴族の通う学び舎に行くことを非常に喜び周囲のものに自慢した。しかしその噂を聞いた子供のいないある貴族のものが、その母親ならまた2つ名の子供を産むかもしれないと連れ去ってしまった。父親はお前のせいだと我が子を憎むようになった」
「それでどうなったの?」
「結果としてその子は両親を失った。だがそれに心を痛めた当時の宮様が、その子の後見人となり、我が子のように慈しんだそうだ。そして跡目となる男の子が宮様にはいなかったので、自分の娘と結婚させその子に自分の跡を継がせた。宮様となったその子は、今後産まれてくる自分と同じような境遇の子供達が、どうすれば自分と同じような辛い目に合わないように済むのかと考えた。そしてそういった子を宮家の一員として迎え入れ、宮家の後ろ盾があるということを明確にすれば、その子やその両親を守れることができるのではないかという結論に達し、以後2つ名になった平民の子供は宮家の子供とするというきまりを作ったそうだ」
桐樹様は、「桜悠」と呼びかけて話を続けた。
「父母と離れるのは寂しいであろう。だがそなたやそなたの両親を守るためにこのきまりがあるのだ。宮家の一員となればそなたは紫の学び舎で誰かにバカにされることはない。そなたの両親にひどいことをしようとする人もいなくなる。両親を守れるのはそなただけだ」
……お父さんやお母さんがひどいことをされるのはやだ。お父さんやお母さんを守れるのは桜だけ……
「……うん、わかった。桜、宮様のおうちの子になる。お父さんやお母さんを桜が守る」
お父さんとお母さんが涙を流しながらあたしを抱きしめた。それを見てちょっとほっとした表情をした桐樹様は話を続けた。
「それでだ、緑の宮様は今紫の宮に行っており戻ってくるのは34日だと聞いている。その翌日の35日に緑の宮様と養子縁組を行う予定だが……それまでに桜悠には色々と覚えてもらわなければならないことがある」
「いろいろ?」
「桜悠は読み書きはできるのか?」
「数字くらいしか……」
言葉遣い、立ち居振る舞い、貴族の基本知識等……間に合うのか? 付け焼き刃となってしまうがフォローできる侍女をつけて……まぁ後は桜悠の頑張り次第か……とブツブツ言いながら 桐樹さまは眉間に皺を寄せながらあたしを見つめた。
「まずは簡単な読み書きくらいはできるようになってもらう。これに関しては私が教える。紫の宮の学び舎で学ぶ他の子らは皆貴族で、生まれた時から紫の宮に行くことが分かっているからそれなりに準備をしている。1人だけ何もわからない、何もできませんでは辛いだろう?」
1人だけ何もできない……そんなのやだ。うんうんと頷く。
「貴族にはそれに相応しい言葉遣い、立ち振る舞い、マナーというものがある。そういったことも出来るようにならなければならない。これらは貴族ならばできて当たり前のことなのだ。……時間がいくらあっても足りないということはわかるな?」
ま、まぁそうだよね。なんか大変そうだもん。またうんうんと頷く。
「理解できているようで何より。では今日からこの神殿にて生活してもらう。宮から人を呼んである。しっかり学ぶように」
「えっ?今日から!?」
「きょ、今日からなのか、ですか?」
「それはあまりにも突然すぎでは……家からここに通わせてはダメですか?」
とあたしもお父さんとお母さんも慌ててあたし問い返した。
「早く貴族の生活に慣れてもらわねばならないのでそれは許可できない。本当に時間がないのだ。準備が足りなければ困るのは他でもないこの子自身だ」
お父さんははっと顔をあたしを向け、噛み締めるように言った。
「お父さんとお母さんは桜が頑張れると信じている。できるな? 」
思わずいやだって叫びそうになったけど、2人の涙を浮かべながらも笑顔であたしを送り出そうとしている顔を見て、もう泣かないって決めたんだ!ってぎゅっと唇を噛み締めて涙をこらえた。
「お父さんお母さん……うん、桜頑張れる。ちゃんといい子にする。 だから会いに来てね?」
「あの……私たちが桜に会いにくるのは……?」
桐樹様はあたしとお母さんたちを交互に見つめてちょっと考えててからため息を一つついた。
「では10日の休息日にここに来なさい。桜悠がそれまでの課題を終えていたらにはなるが、会う時間を与えよう」
と許可をくれた。そしてチリンチリンと鈴を鳴らすと巫女様が失礼いたしますと部屋に入ってきた。
「ここにいる間の桜悠の世話係の椿だ」
「桜悠様、椿と申します。ここにいらっしゃる間のお世話をさせて頂きます。早速ですがお部屋にご案内致します。……よろしいでしょうか?」
と、最後はお父さんとお母さんに確認するように尋ねた。
「桜、行きなさい。 お兄ちゃんも連れて必ず会いにくるから」
「お父さんお母さん……」
「さぁ参りましょう。こちらですよ」
と扉を開けてあたしが来るのを待ってる。お父さんとお母さんを見て、行ってくるねって気持ちを込めて頷くと、お父さんたちも頑張れって感じで頷いてくれた。そしてあたしは巫女様に連れられて神殿長室を後にした。