砂の月42-2
「お義母様、人と馬車がたくさんです!」
移動門を抜けて暫くすると、お義母様に少し窓の外を見てみなさいと言われたので外を覗き見ると、たくさんの馬車が行き交い、多くの人が道を歩いているのが見えた。ここは解放区と呼ばれる場所で、各宮へ人が行き交うための場所なのだそうだ。他の宮の解放区には、橙の宮の商人たちが営んでいるお店が立ち並んでいるが、ここ橙の宮には商業区があるので解放区にはお店はない。移動門区の屋台や解放区のお店へと、毎日この場所からたくさん品物が各宮に運ばれる。あたしの大好きな屋台の栗饅頭もここで作られてるんだろうな。同じものがどこかに売られてるかもしれない。
「ここからは移動門がないので馬車で各商業区に移動するのですよ。今日は第4商業区に行きましょう」
「第4商業区にはなにがあるのですか?」
「あなたのお洋服を仕立てた結さんが作った衣服や小物を扱うお店や私が懇意にしている宝飾店等があるのよ」
橙の宮の商人たちは直接物を作ることはしない。各宮の平民から直接ものを買うことはできないので、全てその宮の貴族から購入する。緑の宮や青の宮からは食料品や素材を、黄の宮からは鉱物や宝石を、赤の宮からは職人によって作られたものを、紺の宮からは薬剤をといった感じだ。それらを各宮の貴族に直接販売したり、自分が出店している店に下ろして来店したお客に販売する。その売買の際には自分が属する橙の宮の貴族の許可証が必要で、何をどこで買い、それをどう販売したのかの詳細を報告し、売上の何割かを上納しなければならない。
あたしの洋服はオーダーメイドなのでさらに面倒くさいらしく、まず宮家から結さんが作ったものを販売している商人に発注する。商人は結さんが属している赤の宮の侯爵家に注文が入った旨を伝える。侯爵家から注文を受けた結さんは緑の宮家に赴き要望を聞き、生地やボタンやリボン等といった必要な素材の注文を侯爵家に出す。侯爵家のお抱え職人が作っているものの中にそういったものがなければ、侯爵家から商人にそれらを発注し揃えなければならない。そうして揃った素材で結さんは衣装を作る。衣装は手直しが必要となったりすることがあるので、出来上がったものを直接結さんが緑の宮家に納め受領書を受け取る。その受領書を侯爵家に提出し結さんは賃金貰い、侯爵家は受領書と引替えに商人からその衣装の代金を支払ってもらう。商人は受領書を緑の宮家に提出し、緑の宮家から衣装代金をもらうという流れだ。こうして間に他の宮の貴族や商人が間に入るのは、貴族が無理な注文を職人にしないように、高位貴族が低位貴族に圧力を掛けないように、また商人が暴利を貪らないようにするためらしい。
馬車の中でそんなちょっとあたしには難しいお話を聞いているうちに第4商業区に到着した。ちなみに第1と第2商業区は橙の宮の貴族専用で、第3商業区は紫の宮で作られる魔術具や魔の森やダンジョンで見つけたもの等が販売されているとのこと。いつか行ってみたいな。
「奥様、お嬢様、到着いたしました」
馬車を下りると大きな扉の前に背の高い男の人が立っていて、お待ちしておりましたとあたしたちを店の中に案内してくれた。ここは紙やペンを売っているお店らしい。
「5日に1度学び舎での様子をお手紙で教えてくれないかしら? 嬉しかったこと、楽しかったこと、困ったことなんでもいいの」
ということで便箋とペンを買いにきたのだ。店内の壁は同じ大きさのいろんな色の紙で覆われていて、なんだか楽しい気分になる。壁際の下の方に透明の箱があり、その中にはペンやインクが飾られているそうだ。お店の真ん中には背もたれのない四角い椅子が不規則に置かれていて、数人の女の人がそこに座って店員さんとお話をしている。
あたしたちは入り口の左奥に見える階段の方に案内され2階にやってきた。オーダーメイドで注文する際に店員さんとやり取りをするお部屋がいくつかあるそうだ。そのうちの1つに案内され中に入った。
「お待ちしておりました、緑の宮の奥方様とお嬢様。どうぞこちらへ」
部屋の真ん中にある座り心地のよいソファに案内される。そこに真っ白な紙が5枚持ってこられた。
「お嬢様がお使いになる紙であれば、このような品質のものがお勧めですがいかがでしょうか?」
お義母様が手袋を外し手触りを確認していく。
「そうね。問題ないわ。 桜悠、あなたも触ってご覧なさい」
と紙を手渡される。どれもつるつるしてあたしには正直違いがわからない。どれか選ばないといけないのだろうか……。ここは無難に笑顔で乗り切ろう。笑顔で渡された紙を返すと、あたしの心情を察したお母様がこれにしましょうと選んでくれた。
「お色にご希望はございますか?」
「やはり名前にちなんで桜色がいいかしら? どう? 」
とお義母様があたしに確認してきたので、ここは笑顔で頷いておいた。すると店員さんが先程1階で見たような、少しずつ色の違う紙を10枚ほど束にして持ってきた。今度はあたしに直接その束が渡されたのでパラパラと捲っていく。徐々に色が変化してとても綺麗だ。
「この中から1色を選ばなければならないのですか?」
「気に入ったものが何色かおありですか?」
「そうではなく、こう斜めに色が少しづつ変わっていけば楽しいかなと思ったのです」
「全色を1枚の紙に入れ込むということでございますね……」
「まぁ、それは素敵だわ。可能かしら?」
「紙職人に問い合わせてみましょう。試作品が出来上がりましたら緑の宮邸のほうにお持ちいたします」
もしも作れたら綺麗な紙ができるんだろうな! もしも無理なら……桜の花びらが散っているような絵が入ったものとか素敵じゃない?
「もしも難しいようなら、桜の花びらが散っているような模様が薄く入ったような紙とかはないのかしら?」
「!! お嬢様、そちらも試作品をお作りしてお持ちいたします 。奥方様、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
店長さんはなんだか目をキラキラさせてお義母様に確認をする。
「入学前には揃えて欲しいわ」
「心得ております」
「では今日はこれで失礼するわ。ペンはいくつか見繕って試作品と一緒に持ってきてくれるかしら?」
「ご配慮ありがとうございます。そのようにさせて頂きます」
紙のお店を出たあと、お義母様と共に近くのカフェで美味しい紅茶とケーキを頂いた。ケーキはまっ茶色なのにとっても甘くてびっくりした。チョコレートケーキというものらしい。栗饅頭と同じくらい大好きランキングの上位に躍り出た。お義父様やお義兄様たちにこのケーキを、蓮やあたしのお世話をしてくれている小間使いの人達にはこのチョコレートの粒のお菓子をお土産に買った。みんな喜んでくれるといいな。