砂の月42
「おはようございます、桜悠様」
「おはよう、蓮」
「昨日はお側を離れ申し訳ございませんでした」
「私のためでしょ?緑の宮の寮はどうだった?」
「入学する他の皆様の侍従と一緒に緑の宮の寮へ赴きました。ご令嬢の皆様方のお部屋は北の棟の2階へ上がって右側にございます。1人部屋の間取りで家具等既に発注されておりましたので、2人部屋にそちらを配置できるのか確認したのですが、やはり手狭で全ては入り切らないようです。寮監督の方がそれならばやはりお1人部屋をお使いになってはいかがですかとご提案がございました」
「えっ!? あたし1人は嫌よ?」
「いえ、1人部屋をお2人でお使いになってはというご提案です」
「そんなことできるの? 」
「はい。1人部屋というのが3人部屋を1人部屋に作り替えたものだそうです。居間はそのままで2人分の個人のお部屋を1つにし、入り口を1つなくして壁に作り変えておりました。もう1つの個人のお部屋は、居間と繋げるのかそれとも他の用途に使うのかを、桜悠様に確認してから作り変えようとそのままにしていたそうなのです。ですのでその部屋を緋桜様に使っていただければ問題ないと判断致しました。緋桜様の侍女にも了承を得ております」
良かったぁ! 入り切らないからやはり1人部屋にぼっちとかにならなくて良かった!
「居間の調度品は本来であれば備え付けのものを利用するのですが、桂香様が桜悠様が少しでも快適に暮らせるよう新しく全て発注しておりまして、テーブル、ソファ、カーテン、絨毯等そろそろ出来上がると思われます。カーテンと絨毯なのですが、実は桜柄なのです。カーテンは薄いピンクに桜の花びらが柄が一面に、絨毯は薄い緑色に桜の木が描かれております。他の方との同室でしたらこちらは使えませんでしたが、緋桜様がルームメイトでしたのでそのまま使うこととなりました」
そっか!緋桜さんも桜だものね。ふふふ、お名前も似てるし、これってお友達になる運命よね?
「それから侍従養成所へ行って参りました。桜悠様は養成所についてご存知ですか?」
「蓮はそこを卒業したのよね? それしか知らないわ」
「では少しご説明致しますね。養成所は皆様がお通いになる学び舎同様紫の宮にございます。毎年砂の月の20日に試験があり、試験を受けるのにはなんの制限もございません。それに合格し、入学金を支払うことが出来れば入所できます」
「でも試験は難しいのでしょ?」
「そうですね。幼少の頃からそれなりの教育を受けていないと難しいと思われます。ですので私のように両親が侍従であるものは有利ですね」
「でもそれって小さい頃から侍従になるために努力をしてきたってことでしょ? やはり蓮は凄いわ」
「ありがとうございます。できて当たり前と思われていたので、そのように言っていただけると嬉しいものですね。桜悠様にお仕え出来て本当に良かったです」
「ふふふ。私も蓮が私の侍女で本当に良かったと思うわ。それで養成所は何年くらい通うの?」
「人によって異なります。養成所は初級、中級、上級とあり、最短で初級3年、中級3年、上級3年の9年ですね。初級中級では、朝8時から正午までは養成所に通い、午後2時から午後6時までは侍従見習いとして自分の宮の生徒様にお仕えするものと、反対に午前8時から正午までは見習い、午後2時から6時までは養成所に通うものとに分かれます。上級では実際にどこかの貴族のお宅で働かせて頂くのです。そこで合格が頂ければ晴れて卒業ですね」
「大変なのですね」
「ですが養成所に入らなければそのような機会を得ることはできませんので……」
過去を思い出しながら話をしているせか、どこか懐かしそうな目をしていた。
「話が逸れてしまいましたが、見習い制度についてお話いたします。学び舎の生徒の皆様は、2名以上のものを侍従見習いとして受け入れることになっています。特に希望をお出しにならない限り、養成所から適当に割り振られて参ります」
じゃぁ2人の侍女が新しく来るってことなのかな?
「緑の宮から養成所に入所し初級中級で学んでいるものは300名程おります。桜悠様には私以外の決まった侍従はおりませんので、卒業後もそのまま私と共に桜悠様の侍従となれるよう教育せよと緑の宮様より申しつかりました」
「どんな人達が来るのか楽しみだわ」
「実はもう決まっているのでます。1人は男爵家で小間使いとして働いていたのですが、きちんと勉強したいと入所したそうです。私と同じように緑の宮様の支援を頂いており、先日中級に昇級し、真面目でやる気も充分な方でした。もう1人は子爵家で両親が侍従として働いているので、自分も侍従になりたいと希望して今回の試験で合格することができた、桜悠様と同い年の6歳のものです。子爵家に務めているその子の母を知っているのですが、あの母親に鍛えられているのであれば問題はないのではないかと判断いたしました」
「ふふふ、蓮が指導するんですもの、どんな子でも優秀な侍女になると思うわ」
「期待に添えますよう頑張りますね」
今日はお義母様と一緒に橙の宮へお出かけだ! 普段は橙の宮の商人が宮邸に来て色々注文して持ってきてくれるけれど、入学したらお友達と橙の宮に遊びに行く機会も出てくるだろうから、お店に実際に行ってお買い物をする経験をしといたほうがいいということらしい。あたしそう言えば自分でなにか買ったことないかも。
「桜悠、何か欲しいものはあるかしら?」
欲しいものと言われても……特にない。あたしの知ってるお店って……!あ、栗饅頭が食べたくなってきた。
「栗饅頭が食べたいです」
「……そ、そうね。今度料理長にお願いしておきましょう」
あれ? そういうのじゃない?
「こうして入学前に息子達にも何が欲しいのかを聞いたのよ。ふふふ、日向は龍が欲しいと言い出したの」
「龍? って何ですか?」
「とっても大きな魔獣なの。そうね、移動門よりも大きいかしら。ちょうどあの頃日向が読んでいた本の中に出てきてて。ふふふ。桜悠にも後で見せてあげましょうね」
移動門より大きい魔物って! そんなのがいるんだ! すごい!
「はい! それで龍を買ったのですか?」
「ふふふ、さすがに龍は売られてないので、自分で龍が倒せるくらい強くなりなさいと旦那様が剣を買ってあげてたわ。菊竜は図書館が欲しいって、ふふふ」
図書館! それって売ってるものなの?
「さすがにそれも売ってはいないので、本棚を作って本を買ってあげたの。たくさん本を集めて自分の図書館を作りましょうねって」
「柚人お義兄様の欲しいものは何だったのですか?」
「あの子は魔法の箒だったわ。日向と同じように読んでた本に影響されたのね。箒に乗って空を飛びたいって。魔法の箒自体は魔術団にお願いすれば作ってもらえたのだけれど、現実は物語のようにはいかないってことを教えるために、普通の箒に跨らせてみたの」
?? それではお空は飛べないよね?
「あの子が股がった箒の両端を侍従たちに持ち上げてもらって、こんな感じになるけれどこれでも欲しいのって聞いたの、ふふふ」
「こんな感じってどんな感じなのですか?」
「あの細い棒に跨るのよ? 乗り心地は良くない以前に痛くてずっと乗っていられないわ」
確かに!
「それで、自分がこれで空を飛んでみたいなと思ったものを魔術具にできるようにお勉強を頑張りなさいと、魔術書を買ってあげたの」
それにしてもお義兄様方皆様なんかロマンのあるものだったのにあたしは栗饅頭……おじい様にお借りした本をしっかり読もうと心に誓った。