砂の月39
今日は初めての乗馬だ!お馬さんとお話できるようになるかな〜とうきうきして目が覚めた。
「おはようございます。桜悠様」
「おはよう。蓮」
「先程日向様の侍従がいらっしゃいまして.……」
「お義兄様の侍従が? どうかしたの?」
「はい。残念ながら本日の乗馬のレッスンは延期になりました」
「えっ!? 」
「詳しいことはわかりませんが、今朝早くに紫の宮の魔法団の方がいらっしゃいまして、急に紫の宮に戻らなくてはならなくなったそうです」
残念だけど仕方ない。次に戻ってきたときに教えてもらおう。
気分を変えて朝食を食べに食堂に行くと菊竜お義兄様がいた。
「おはようございます。菊竜お義兄様」
「おはよう。今日は残念だったね。魔の森で何かあったみたいで兄様は連れていかれてしまったよ」
「日向お義兄様は大丈夫でしょうか?」
「それは心配ない。あぁ見えて兄様はとても強いんだ。楽しみにしてた桜悠との乗馬を邪魔した魔物の方が可哀想かもしれない」
「まぁお義兄様ったら」
「代わりに僕が桜悠に教えましょうか?って言ったら午後には戻るとか言い始めてしまって。そんなことはしないから一人で討伐しに行かないでって宥めるのが大変だったよ。そのくらい兄様は楽しみにしてたみたいだから、また今度兄様に乗馬は教えてもらって」
「はい! 楽しみに待ってます」
「桜悠はいい子だね。代わりに犬のところに……とも考えたんだけど、うちの犬は訓練された優秀な犬たちだから、桜悠の練習台には向かないかな」
「そうなのですね」
「代わりにと言ってはなんだけど、神殿区の神殿に行ってみないか? まだおじい様にお会いしたことがないだろ?」
「わぁ! ぜひお会いしたいです! 」
「じゃぁ食事が終わったら外出の準備をして待ってて」
「はーい」
部屋に戻り菊竜お義兄様と一緒に神殿区の神殿にでかける話をしたら、水色フリルの襟のついた紺色ベロアのワンピースに着替えさせられ、外は寒いのでとモコモコの真っ白なコートに同じ素材のもこもこ帽子に手袋と完全装備になった。馬車は暖かいのでは?と思ったら、この緑の宮邸の奥庭に神殿までの移動門があるらしい。そこまで菊竜お義兄様とお散歩だ。
「今は砂の月だからちょっと寂しいけれど、芽吹きの月になると緑溢れたくさん綺麗な花が咲くんだよ。ここは基本家族しか入れないから7歳になるまではよく兄様やおじい様に遊んでもらったんだ」
「おじい様はどのようなお方なのですか?」
「父様曰く、昔はとっても厳しくておじい様に会うと未だに背筋がスッと伸びるらしいけど、孫である僕たちにはとても優しいよ。よく膝の上に乗せてもらって本を読んでもらったんだ。おじい様は本を読むのが趣味だそうで、そのために兄様が産まれて直ぐに父様に宮の長の地位を譲り神殿長になったらしいよ。神殿には大きな図書館があるからね」
「そうなのですね。私はまだ文字を覚えたばかりなので本を読んだことがないけ……読んだことがありませんが、自分で知らないお話を読んでみたいなぁと思います」
「おじい様に桜悠が楽しく読める本を教えて頂くといいよ。さぁあそこが門だ。紫色のほうは紫の宮の大神殿に直接繋がっているそうだけど、緊急用で父様と虹の宮様しか使えない。通っても素通りするだけだろうけど、何かあったらいけないから近寄らないようにね」
郷や区で見たような大きな移動門ではなく、そこには人が2、3人通れるくらいのこじんまりとした緑色と紫色の門があった。
「他の移動門と違って見張りがいるわけじゃないから、通る前に門に触れるんだ。やってごらん」
手袋を外してそうっと門に触れる。すると門がキラキラと輝きだした。
「これで輝いている間はこちらからあちら側にしかいけない。じゃぁ通ってみよう」
菊竜お義兄様に手を引かれて門を通り抜けると郷の試しの門があった場所みたいなどこかの部屋の中だった。
「ここは神殿の中だよ。神殿には色々な人が来るからね。神殿長が許可したものしか立ち入りが出来ない区域の中にあるんだ。そこの扉はこの鍵がないと開かないようになっていて、おじい様と父様と兄様だけが持っているんだけど、今日は特別に兄様から借りたんだ」
そう言って鍵を鍵穴に差し込みガチャリと扉を開けた。再び手を引かれて迷路のような廊下をてくてくと暫く歩くと菊竜お義兄様がある扉の前で立ち止まった。ノックをすると向こうから扉が開いた。
「お待ちしておりました」
なんと扉を開けたのは桐樹様だった。ここって14郷の神殿なの? 椿とかに会えたりしないのかな?
「違います。ここは神聖区にある神殿でございます」
何も言っていないのに桐樹様がそう答えた。えっあたしの頭の中覗けたリするの!? そんな思いすら見透かされたようにふっと笑って、こちらへとあたしたちをおじい様の元へ案内した。
「おじい様おはようございます。義妹の桜悠を連れてまいりました」
「おはようございます。桜悠と申します」
「2人ともおはよう。そなたが桜悠か。平民から貴族となるのはさぞ大変であろう。だが頼れる両親と兄達がいる。私も力になろう。何かあれば周囲のものに相談すると良い」
「はい!」
「知識は力なりだ。学び舎にもここにもたくさんの本がある。時間のある時は多くの書物に触れいろいろなことを学びなさい」
「まだ恥ずかしながら文字を覚えたところなので、私でも読める本があれば教えていただけませんか?」
「おぉ! 早速取り組もうとするその姿勢は実に好ましい。 昔そなたの兄達に読んでやった子供向けの本が何冊かあるので後で桐樹に持っていかせよう」
「ありがとうございます!」
「にゃぁ」
にゃぁ? 緊張して気づかなかったけど、おじい様の足元に真っ白なふわふわの毛の猫が寝そべっていた。ネコちゃん! そわそわ。触らせて貰えないかな? 話しかけちゃダメかな?
「この子は苗という。動物は好きか?」
「はい!大好きです!」
「おじい様、桜悠は女神様より動物と話せるようになる能力を頂いたそうなのです」
「それは素晴らしいな。私はもう行かなければならないが、今しばらくここにいて苗と遊んでから帰るといい」
そう言って桐樹様と二人で部屋から出ていった。苗はおじい様がいなくなると菊竜お義兄様の膝の元へジャンプし丸くなった。う、うらやましい!!
「苗ちゃーん、苗ちゃーん」
とあたしが呼びかけるも、あたしには見向きもしない。あ、あたし嫌われてるのかな……。それを見たお義兄様が、苗を撫でながら優しく語り掛けた。
「苗、義妹の桜悠だよ。仲良くしてあげて」
苗は億劫そうに目を開け大きく伸びをした後すーっとあたしの膝の上に移動してきた。か、かわいい!!
「すごいです!お義兄様も動物とお話ができるのですね?」
「いやできないけど。 苗がお利口なんだよ。桜悠くらいの年齢の時にここの庭で蹲ってるのを見つけたんだ。連れて帰りたかったけど、おじい様が猫は場所に居着くからここの方がいいとおっしゃってそれ以来この教会に住んでるんだよ」
「うわぁ。 お義兄様、撫でてもいいでしょうか? 」
「あまり構いすぎると嫌がるから、手に頭を擦り寄せてきたらなでてあげるといい」
本当にお利口な猫ちゃんなのか、空気を読んであたしの手に頭を擦り寄せてきた。おそるおそるナデナデさせてもらい、あたしは大満足だ。
「少しづつ仲良くなっていけば、苗の方から話しかけてくれるかもしれないね。人でも知らない人から話しかけられたら警戒してしまうだろ? 猫も人も同じだよ」
そっか。そうだよね。一方的に話しかけるのではなく、もっと信頼して貰えるように頑張ることが大事なんだ。
残りの時間、気持ちよさそうに膝の上で眠ってる苗ちゃんの邪魔にならないよう、息を殺してそっとナデナデさせてもらった。