砂の月36-2 それぞれの思惑
宮家
「菊竜が学生館へ桜悠を連れていったのか?」
「はい。桜悠が皆と仲良くなれたらいいなと言ってましたので。宮家で大事にされていると見せつけておけば蔑ろににされることは無いと思いました。勝手をして申し訳ありません」
「いや、よくやってくれた。うちに娘がいないことは皆知っているからな。第3伯爵家には他言無用と伝えてあるので、桜悠の出自に関しては憶測でしか測れないであろう。庶子だが実子と同じように遇していると思われればあの子もあの子の親も安全だ」
「教育係やその他関わったものたちも信頼できるものたちですか?」
「教育係には楓乃と桐樹に、衣装はうちのお抱えの店に任せた」
「楓乃おば様と兄様の親友の桐樹さんなら安心ですね」
「楓乃は桜悠のことがいたく気に入ったらしく、昔のきまりを変更して宮家か公爵家の養子にすると書き換えてくれれば、うちの子に貰い受けたいと打診してきたよ。まぁそうそうきまりを変更することなどできないし、何より桂香が娘ができるのをとても楽しみにしていたからな。楓乃には諦めてもらったよ」
「桜悠は素直ないい子ですからね。兄様が戻ってきたら母様以上に……」
「それ以上は言うな。昔から日向は妹が欲しいとずっと言ってたが、まぁあまり構いすぎるなと注意はしておいた」
「……兄様が戻ってこられるのはいつですか?」
「明後日だ……」
「できるだけうちにいるようにします」
「頼んだ」
第3侯爵家
「お父様、ただいま戻りました」
「香梅、おかえり。顔合わせはどうだった?」
「はい、宮家の桜悠様ですが、菊竜様と一緒にいらっしゃいました」
「菊竜様と?確かか?」
「私は初めてお目にかかったので存じ上げませんが、松よりそのように聞いております」
「そうか。宮家は形式的にではなく一員として迎え入れているのだな」
「はい、そのように見受けられました」
「そうか。ではそなたも侯爵家の娘としてしっかりとお支えしてあげなさい」
「わかりましたわ、お父様」
第8伯爵家
「蓮がいたわね」
「はい。蓮が学び舎に付き従って行く侍女に選ばれたようでございますね」
「桜悠様のこと、何か聞いていないの?」
「主の情報を漏らすような子ではございません。父や母にも宮家にお仕えするとだけ報告があっただけだったようです」
「一緒に来てたあの方はどなたなの?」
「宮家のご次男の菊竜様でございます。学び舎の高等部の最上級生になられるはずです」
「随分仲が良さそうに見えたわ。養子で間違いないのよね?」
「宮家に女の子が生まれたというお話は聞いておりませんし、侍女募集があった時期や蓮が選ばれたことを考えますと、母親が平民の庶子……」
「でもそれだと菊竜様があのように可愛がるなんてあるのかしら? 」
「もしくは試しの門の儀式で2つ名になった全く宮家とは関係の無い平民の子かもしれません」
「そんなことがあるの?」
「はい。昔それで緑の宮様になった方がいらっしゃいましたから」
「血の繋がりがないのに緑の宮様になれるものなの?」
「当時の緑の宮様のお嬢様とご結婚されて緑の宮様になられたのです。いずれにせよ宮家での桜悠様の扱いは実子と変わらないものという認識でよろしいかと思います」
「そうね。お父様とお母様にもそのように伝えておくとして、学び舎に行く前にもう皆様少し交流を持てればいいのだけれど……」
第22子爵家
「お母様、今日宮家の方がいらしてたわ」
「宮家に今年入学なさるお子様はいなかったと思うのだけれど……」
「桜悠様と仰る女の子がいたわ」
「緑の宮様の庶子なのかしら……」
「付き添いの若い男の方が妹をよろしくとか言ってたからそうなのかもしれないわ」
「お父様が戻ったら確認してみましょう」
第52男爵家
「宮家から1人、侯爵家から3人、伯爵家から2人、子爵家から4人、男爵家から8人でした」
「宮家だと?庶子がいたのか……男か女か?」
「女の子でした」
「まぁ庶子ならそこまで注意する必要も無いな。侯爵家には男はいたのか?」
「2人いましたね」
「あまり睨まれるようなことはするなよ」
「わかってますよ、父上」
日向&桐樹 (35日)
桜悠様を緑の宮様の館へとお送りした後、宮家の執事が「日向様から紫の宮まで来るよう伝言を言付かっております」と私を追いかけてきた。はぁ……私はそんなに暇では無いのだが……。それに緊急でもないのに移動門の使用届などすぐに受理されるわけがないだろ!まぁ明日の夜にするか、などと考えていたら執事より、「紫の宮への移動門の許可は既に降りているそうです」と伝えられた。用意周到な……。これでは行く以外の選択肢はないではないか。再びため息をつき執事に了承したと伝え移動門へ向かった。
「待っていたよ、桐樹」
「こんなところまで出向いて来られなくても部屋までお尋ねしましたが……」
「私と一緒の方が色々手続きがいらないよ。さぁ行こう」
まぁ確かに合理的ではあるが、ただ単に早く義妹のことが聞きたいだけじゃないか……と今日何度目か分からないため息をまたついた。
「それで、桜悠はどうだい? 学び舎でやっていけそうかい?」
「お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?」
「あぁ、見ての通り私は元気だよ。この部屋には誰も来ないからそんな堅苦しくしなくていいよ」
こいつはいつもこうなんだ。7歳の頃からの付き合いだから気楽に接することが出来るのは有難いが、次期緑の宮様なのにもう少し威厳を持って欲しいものだ。
「はぁ……じゃぁ言わせ貰うが、桜悠様の情報は極秘事項だろ? 他の者に悟られないように、神聖区の神殿から緑の宮邸の裏庭にある宮家の方々専用の門に繋がる移動門を使って宮家に通ってるんだ。そんな中様子が聞きたいという理由だけで呼び出すな。どうせ後5日したら会えるではないか」
「僕が君を呼び出しても誰もなんとも思わないよ。それに38日にはうちに戻るよ。休息日まで待ってられないからね。今までで1番頑張って仕事をしたよ」
「頑張る方向が違うだろ」
「試しの門の色が虹色であろうが緑色であろうがそんなものはどうでもいい。私に義妹ができるのだ。全力で守りたい。僕に出来ることがあればしてあげたいじゃないか。さぁ桜悠の事を教えて」
虹色であろうが緑色であろうが……か。例え義妹でなくともきっとそう言うのだろうな。昔から人を地位や爵位で判断せず、自分と気が合うか合わないかだったな。だから伯爵家の私なんかとも対等に付き合ってくれる。
「……桜悠様は非常に利発で努力家でいらっしゃる。神殿に来られた時は数字しか読み書きできなかったのに今ではきちんと基本文字を読み書きできるようになり、礼儀作法やマナーもしっかりと身につけられた。言葉遣いはたまに言い直しなさることもあるが、まぁそのうち慣れるであろう」
「うちの桜悠は優秀なのだね。それから?」
「他に何を話せと……」
「どんな物が好きなのかとか好きな色は何色なのかとか……」
「知らん。そんなどうでもいいことは聞いていない」
「えぇっ!? どうせなら桜悠が喜ぶものを何かあげたいのに」
「何をあげても桜悠様なら喜ぶと思うが?」
「桜悠は本当にいい子なんだね〜。好きな花はやはり桜なんだろうか?今の季節じゃまだ早い……あぁダンジョンならあるかな」
「桜悠様はお前の婚約者ではないだろ。いやお前は婚約者にはそこまでしないな」
「橘涼は花など渡しても喜ばないよ。以前贈ったら、どうせ下さるならもっと実用的なものを下さいって言われたことがあるんだ」
橘涼様はこいつの婚約者だが、似た者同士でまぁ変わったお方だ。あの方も公爵家の方なのに深窓の令嬢とは程遠く、神殿騎士団で働いていらっしゃる。
「……そ、そうか。まぁ人それぞれ好みはある。
それからダンジョンには付き合わないからな」
「今回は時間がないからね。仕方ないから橙の宮に寄って買い求めてから帰ることにするよ」
「時間の問題ではないが……。じゃぁもういいだろ?帰るぞ」
「帰りの移動門の使用届は明日の朝にしてあるから。今夜は泊まっていくといいよ。久々に飲もう」
「お前な……」
「さぁさぁ、もっと桜悠の話を聞かせて」
結局二人で朝まで飲み明かし、げっそりして明朝神殿に戻る羽目になった。