砂の月37
今日は出来上がった衣装を結さんが持ってきてくれる日だ。お義母様が同席なさるらしい。蓮に頑張ってくださいと応援されたけれど、どういう意味だろう?
「桂香様、桜悠様、おはようございます。衣装が出来上がりましたのでお持ちいたしました」
「急ぎでお願いしてしまって申し訳なかったわね」
「いえ。いつもお引き立てありがとうございます」
「早速だけれど制服から見せてもらえるかしら?」
「かしこまりました。桜悠様こちらへ」
蓮に部屋の隅に作られた仕切りの中に連れていかれる。神殿にも来てた女の子が2人がかりで今着ているものを脱がせて制服を着せる。自分で出来るんだけど……と思いながらも言われるがまま手を上げ下げしてお着替え完了。と思ったら結さんが呼ばれて袖の長さや身幅やスカートの丈など細かくチェックしていく。そしてようやく仕切りの外に連れていかれ、鏡で自分の姿を!と思ったら今度はお義母様チェックが始まった。お義母様の指示されるがまま、手を上げたりくるっとまわったり椅子に座ったりした。やっと満足したお義母様があたしを鏡の前に立たせて「とてもかわいいわ」と褒めてくれたので「ありがとうございます、お義母様」とあたしはにこやかにお返事をした。
そしてまた仕切りの中に連れていかれ違うお洋服に着替えさせられ……そんなことが5回を過ぎた頃、ようやくあたしは蓮の頑張ってを理解した。これあと何着あるんだろう……。途中でお茶にしましょうと言われた時は終わったー!って喜んだけど、残りのお洋服も着てみましょうねと言われた時は遠い目になった。
やっと全ての試着が終わり、若干笑顔が引きつっていたあたしの隣で、次はこんな感じで、この色もいいわね、ドレスも後何着か作らないと……とお義母様と結さんが話しながら、時々あたしに「桜悠はどちらが好みかしら?」と聞いてくる。「どちらも素敵です」と答えたら「じゃぁ両方にしましょう」と言われたので、それからは「私はこちらの方が好きです」と答えるようにした。またあの苦行タイムを考えると本当はもう十分ですと言いたいけれど……あまりにもお義母様が楽しそうなので心の中で言うのに留めておいた。
お昼ご飯の時間が来てやっと解放され、午後は桐樹様とのお勉強の時間だ。今日のお勉強は通貨と数についてらしい。1枚1枚通貨をテーブルの上に置きながら桐樹様が説明してくれる。
通貨の種類は、半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨の6種類。半銅貨10枚で1銅貨、銅貨10枚で1半銀貨、半銀貨10枚で1銀貨、銀貨10枚で1半金貨、半金貨10枚で1金貨。平民なら金貨1枚もあれば家族4人が1年は十二分に暮らせるくらいらしい。まぁ金貨なんて普通に使うことはまずないみたいだけど。
「では、この銅貨を使って足し算引き算をやってみましょう。桜悠様に1枚、私に1枚。2人で何枚でしょうか?」
「2枚です」
「そうですね。では桜悠様が2枚、私が1枚で?」
「3枚です」
「桜悠様が4枚、私が1枚で?」
「5枚です」
「素晴らしいです。次は9枚使って練習しましょう」
しばらく硬貨を移動させながら、2人の持っている硬貨の合計を数えていった。
「大分慣れてきたみたいですね。これを硬貨がなくともすぐに答えが出せるように練習して下さい。慣れると2と4で6、6と3で9と簡単に答えが浮かぶようになります。では銅貨9枚を使って引き算のほうもやっていきましょう。桜悠様に7枚渡すと残りは何枚になりますか?」
「2枚です」
「4枚渡すと残りは何枚ですか?」
「5枚です」
「そうです。この調子ならすぐに身につくでしょう。今日の宿題は9までの足し算引き算です。銅貨9枚をお貸しするので練習して下さい」
「はい。ありがとうございました」
神殿にいたころならこの後一緒にお茶をして……って流れだったけど、桐樹様はまた明日参りますと言って帰ろうとした。えーもう帰っちゃうの? 帰らないで〜と見上げたら、はぁと小さくため息をついて座り直した。
「桐樹様はやはりそのような感じのほうが桐樹様らしいです」
「申し訳ございません。先日日向様にお会いしたので少し気が緩んでおりました。桜悠様と日向様は少し似ていらっしゃいますね」
「 日向お義兄様ですか? まだお会いしたことがないのですがどんな方なのですか?」
「……明日こちらに戻られるそうです」
と言ってにっこり笑顔でもうその話はしてくれるな〜という雰囲気を醸し出した。なんなんだろ?
「そういえば昨日は顔合わせでしたね。今年は18名と聞いておりますが……」
来た! やっぱり聞かれると思った! これはあたしがちゃんと覚えているかどうかの確認だ! ふふふ、昨日あたしは頑張ったのだ。女神様と似顔絵つきのリストを作ってくれた蓮、ありがとう! あたしは顔合わせの時に並んでいた順番に顔を思い出しながら自信を持って答える。
「はい。第3侯爵家の香梅さん、第8侯爵家の 蜜季さん、 第10侯爵家の 桃李さん、第8伯爵家の凛花さん、第24伯爵家の葉季さん …… 」
「ちょ、ちょっとお待ちください。全員をもう覚えていらっしゃるのですか?」
「はい! 本日桐樹が来られると昨日聞いていたので、顔合わせの後蓮に教えてもらったのです。蓮の描いた似顔絵はとってもよく似ているのです」
「そういうところも……なんでもありません。40日までにそちらも覚えなくてはならないので大変そうだと思い、宿題を9までの数字としましたが、変更しましょう」
銅貨1枚と半銀貨1枚を取り出し、20までの数字で足し算引き算の練習をさせるようにと蓮に手渡した。えぇーーあたしまた余計なことをしちゃった!?