砂の月1-1
この世界には7つの宮がある。緑の宮、黄の宮、青の宮、赤の宮、橙の宮、紺の宮、紫の宮。狩猟農耕に適した大地の広がる緑の宮、鉱山などの豊富な資源を持つ黄の宮、海や湖がたくさんある水に恵まれた青の宮、色々なものが作られる匠の宮と呼ばれる赤の宮、商業に特化したした橙の宮、医療に携わるものを排出する紺の宮、大神殿やダンジョンのある紫の宮。
緑黄青の宮は広大な領土を擁しており、そこにたくさんの郷と呼ばれる町が点在している。町と言っても住宅やお店の類は一切なく、そこには神殿と集会所、そしてその宮の中心にある宮都に一瞬で行くことのできる移動門があるだけである。1つの郷はそれぞれ20の里から成り立っており、1つの里には30軒程の家がある。
宮都にはその宮を治める宮様の住まいがあり、その一族が住んでいる第1特別区、貴族の住んでいる第2特別区、それ以外で宮都に住むことを許されたものの住まいがある第3特別区、各地の郷にある神殿を取り纏める総神殿のある神聖区、紫の宮以外の他の宮への移動が可能な5つの各宮の色のついた巨大な門と飲食店や商店や宿などがある解放区、郷と宮都を繋ぐ移動門が立ち並ぶ移動門区から成り立つ。
赤と橙と紺の宮は他の3宮とは異なり、郷や里が存在せず、宮を中心として巨大な街が広がっている。第1から第3までの特別区、神聖区、解放区は変わらないが、赤の宮には工房区、橙の宮には商業区、紺の宮には医療区と呼ばれるものが多数存在する。各区への移動門がないので移動門区はなく、徒歩か馬車を使って人々は移動しなければならない。
紫の宮は特殊でその地域出身の住民は存在しない。大神殿、ダンジョン、魔の森と呼ばれる広大な森林地帯、貴族の子供たちが通う紫の学び舎と呼ばれる建物、将来貴族に使えたいと希望する子供たちが難関な試験を突破すれば通うことが出来る側仕え養成所などがある。紫の学び舎の長と大神殿の神殿長は兼任していて、本来であればその者を紫の宮様と呼ぶべきだが、7つの宮を治める長ということで、敬意を込めて人々は虹の宮様と呼ぶ。虹の宮様がお亡くなりになった際に、紫の学び舎を卒業した者の中から各宮様の創意の元、新たな虹の宮様が選ばれその地位につく。
紫の宮の大神殿には各宮に繋がる緑黄青赤橙紺の6つの門が、逆に各宮の第1特別区に紫の宮へ渡る門がある。双方使う場合には虹の宮様と各宮様の許可が必要となる。
人は自分の属する地域にある神殿で生まれた時に女神様より祝福の印として名前が贈られる。大抵の庶民は漢字1文字、貴族は漢字2文字の名前が与えらる。6歳になるまで自分の産まれた各区や里から外に出ることは物理的に許されない。
1年は鈴の月から始まり、海の月、実りの月、砂の月と4つに分かれている。6歳の砂の月になると、区や郷にある神殿から招待状が届き、神殿にいくことができるようになる。神殿の試しの門で魂の判別を受け女神様より二度目の贈り物を賜るためだ。各宮で生きていくのに適した技術や才能が贈られ、その魂にその宮の民であるという刻印が刻まれる。そこでやっと移動門を使うことができるようになるのだ。基本事前に通行届さえ提出しておけば移動門を使うのは自由である。但し紫の宮へと繋がる門だけは各宮の第1特別区にあり宮様が管理しているので、虹の宮様と各宮様の許可が必要となる。
玉鮎王治世156年、砂の月1日。この日は年に1度各地で試しの門が開かれる日である。
「桜、起きなさぁい」
もぞもぞ……まだ眠い……。
「今日が何の日かわすれちゃったの?」
んーー……んっ! そうだっ! やっと里のお外に行けるんだった! 神殿ってとこに行って女神様から贈り物が貰えるってお父さんが言ってた!慌ててお着替えして朝ごはんの席に着く。
「お父さんお母さんおはよ。桜は何貰えるかな?お馬さんと仲良くできる才能とかがいいな」
「お転婆桜にはお似合いかもな! 父さん母さんおはよ」
「むぅ。お兄ちゃんの意地悪。桜おてんばじゃないもん」
「ほらほら、おしゃべりしてないで2人とも早く食べなさい」
ばたばたと朝食を食べ終え家族揃って神殿へと歩いてく。いつもはお父さんとお母さんとお兄ちゃんが遠くに消えていくのをぽつんと見てるだけだったけど、今日はあたしも一緒だ。嬉しくてお父さんの周りをくるくるとはしゃぎながら歩く。あたしが転ばないようにお父さんは手を繋いでくれ試しの門のお話をしてくれる。神殿には桐樹様っていう神殿長と巫女様っていう綺麗なお姉さん達がいて、静かにその人達のお話を聞いてお祈りをしてから試しの門ってとこに行くんだって。そこで女神様の贈り物が貰えるんだって。ほんとわくわくしちゃう。
半刻ほどで神殿に着き、お父さんにここでしばらく待ってなさいと扉の前の広場に連れて行かれた。そこには同じ年頃の子供達ががいっぱいいてあたしはびっくりだ!知ってる子はいないかな?ときょろきょろ見回していると後ろから声をかけられた。
「桜ちゃん、桜ちゃん! 」
振り返ると同じ里の桃ちゃんがこっちに走ってくる。
「桃ちゃん、おはよっ。どきどきするね」
「おはよっ。うん、すごいいっぱい人がいるね」
「女神様もこんなたくさんの贈り物を用意するの大変だね」
「間違えて他の人の贈り物とかになっちゃわないといなー」
「あはは。そだね」
とわいわい話していると神殿の扉が開き中から巫女様が姿を見せた。
「皆さん、おはようございます」
雑然とした雰囲気が一瞬にして静寂へと変わる。皆おうちでお父さんやお母さんに言い聞かせられてきたのだろう。じっと息を殺して巫女様を見つめる。
「来年7歳になる皆さんに魂の判別の儀式を行います。この扉より神殿に入り女神様にお祈りをして祝福を頂きましょう。さ、順番に入りなさい」
扉の近くにいた子から順番に中へ入れるように自然と列ができ、桃ちゃんと手を繋いで、中が見えないかなぁって2人でぴょんぴょん跳ねながらその後方へと歩いてく。ゆっくりと列が進みやっと私たちの番。2人で恐る恐る足を進め扉の中に吸い込まれた。神殿の中には女神様の像の祭られた祭壇があり、巫女様の誘導でその祭壇に向き合う形で何列かに並べられた椅子に座る。桜ちゃんあっちに座ろ、と桃ちゃんが小声であたしを促した。
みんなが座ったのを見計らって巫女様が神殿長の桐樹様を呼んできた。
「今日は試しの門で女神様より祝福を頂く日でだ。本日ここに来ることができたことに感謝をこめ、またこの後贈り物を頂けるよう皆で祈ろう。
大地の恵みを下さる女神様に最大の感謝を。これからもどうか私達を見守り下さいますように、そして皆がこの幸福を分かち合えますように……」
祭壇に向かってあたしもお祈りをする。「女神様ありがとうございます。素敵な贈り物を下さい」