裁きの終わり、赦しの始まり
目の前には、何度も自分を踏みつけてきた男がいた。
ダリオ。
自分を嘲笑い、蔑み、叩き、奪い続けた人間。
拳を振るえば、終わる。
殺せば、すべては終わる。
復讐も果たせるし、自分はもう傷つけられない。
でもーー
ルアンの拳が、強く握られたまま……やがて、ゆっくりと下ろされる。
空気が、ふっと緩んだ。
ルアンは、黙って拳を下ろした。
震えながら、憎しみを飲み込むように。
そしてーー
「……うぐっ……!」
ダリオの身体が、がくりと崩れ落ちた。
白目を剥いて、意識を失う。
その巨体が石畳に沈んだのを見て、
ヴェイサの口角が、ぴくりと持ち上がった。
「へへ……やった……!」
嬉々とした声。
歪んだ期待がにじみ出る。
「死んだな……! よっしゃぁ! ダリオ死んだァ!!」
叫びながら、くるりと宙を回るように跳ねた。
黒い風が渦を巻き、歓喜を炸裂させる。
「これでオレは……消えずに済む!
次はもっとマシな奴と組めばいいしな……!」
そのときーー
「……え?」
ふと、ヴェイサの手元が、ふわりと光を放った。
「……ん?」
指先から、砂のように何かが崩れ落ちていく。
「……え? なにこれ……」
ぽろ、ぽろ……と、指が溶けていくように崩れていく。
「……あ?」
身体が、光に包まれていた。
「ま、待て。待て待て待て、何で!? なんでだよ……!?」
慌てて振り返ったヴェイサの視線の先ーー
そこには、まだ息をしているダリオの姿があった。
うめき声を漏らしながら、血だらけの顔を歪めている。
「……う、うるせぇ……このオレが……負けるわけ……」
「……う、そ、だろ……?」
ヴェイサの顔から、さっと血の気が引いた。
「生きてんじゃねぇか……!? じゃあ……じゃあ、なんで……!?」
そして気づく。
その視線の先ーー
ルアンの拳は、下ろされていた。
「……おい……」
声が震える。
「お前……なんで殺さなかったんだよ……!?」
恐怖と怒りと、裏切られたような衝撃。
「お前、オレたちのこと恨んでたよな!?
あんな目で睨んで、ボコボコに殴って……!!
だったら殺せよ!!
あそこで殺してりゃ……
オレは……消えずに済んだのにィィィ!!!」
叫びが、次第に狂気に染まっていく。
「殺してくれよ……! 何で下ろしたんだよその拳……!!
オレの願い、叶うはずだったのに……!」
身体の崩壊が加速する。
脚が溶け、腹部が砂に変わる。
もう、止まらない。
「こんな……こんな結末、望んでねぇよ……!!」
「……オレは……まだ……消えたく、ない……!」
最後の囁きが、虚空に散っていった。
そしてヴェイサは、黒い霧と共に、完全に崩れ消えた。
跡形も残さず、音すら立てずに。
ルアンは、ただそこに立ち尽くしていた。
拳を下ろしたその手を、ゆっくりと見つめながら。
ーーそして、静寂だけが町に残された。




