『迎えられざる来訪者たち』
ノインの屋敷を出たルアンとミレアは、豪華な馬車の前で足を止めた。
白と金で飾られた車体。手入れの行き届いた馬。御者の服装すら整っていて、どこをとっても見たことのない世界。
馬車の扉が開かれたとき、ルアンとミレアはしばらく足を踏み出せずにいた。
目の前にあるのは、重厚な金と白の装飾が施された高級馬車。まるで王族の行列に出てくるような豪華さだった。
「これ……本当に乗っていいの?」
ミレアがぽつりと呟く。
ノインは穏やかに頷いた。
「大丈夫。今日は王族のもとへ向かう正規の同行だからね。君たちも、堂々としていればいい」
恐る恐る乗り込んだルアンとミレアは、座席のふかふかさと揺れのなさに目を丸くする。
「うわ……本の中でしか見たことなかった……」
「エルディアって国、地図でしか知らなかったけど……本当に、違う世界に来ちゃったみたい……」
しばらく無言で窓の外を眺めていたルアンが、ふと城の姿を目にして、声を失う。
そのあまりの大きさ、美しさ、威圧感に、ただ一言――
「……すげぇ……」
ぽつりと漏らした声は、感情を処理しきれないままの心から出たものだった。
馬車が城門前で停まり、ノインが先に降りる。
門兵が整列して敬礼する。
「本日は第三王女殿下へのご挨拶に、客人をお連れしました」
ノインが淡々と告げると、門兵のひとりが一歩前に出て、すぐさま深く頭を下げた。
「――かしこまりました、ノイン様」
門が静かに開かれる。
その奥から漂ってくる空気は、街中のどこよりも冷たく、整っていた。
だが、通される瞬間、門兵たちの視線がルアンとミレアに向けられる。
その目は、冷淡で、値踏みするようなものだった。
言葉こそ発しない。けれど、心の内は明白だった。
「どうして、こんな子供たちが――?」
ルアンもミレアも、刺すような視線に肩を強張らせる。
そんな二人に気づいたノインは、ただ一言、小さく呟いた。
「……ここでは、それが“当たり前”なんだ」
白亜の廊下を進んでいく。
高い天井。飾られた巨大な絵画。通路にまで施された繊細な金装飾。
「……すごい……」
ミレアが呆然と呟く。
その言葉に頷いたルアンが、ふと進行方向に人影を見つけて立ち止まる。
「――あっ」
そこにいたのは、灰の長衣を纏った青年。そして、その後ろに控える落ち着いた雰囲気の中年の従者。
「おや、また会ったね」
ネアルが振り返る。声はいつものように落ち着いていて、どこか穏やかだった。
「ネアルさん……!」
ルアンが思わず声を上げる。ミレアも軽く頭を下げた。
「こんな場所で会うなんて……驚きました」
「君たちは、王宮に何の用で?」
ネアルの問いに、ルアンが緊張気味に答える。
「第三王女の……リリアナ姫にお会いする予定です」
ノインが一歩前に出る。
「彼らは、姫の命を救った者たちです。本日は、その件で謁見に参りました」
「……なるほど。それは素晴らしい」
ネアルはそう言いながら、どこか含みを帯びた笑みを浮かべていた。
「では私は――」
と、言いかけたその瞬間。ネアルの視線が、ルアンに止まる。
一瞬、深く――何かを測るように。そのまなざしは、静かだが、妙に引き込まれるような圧があった。
「……やはり、私もご一緒させてもらおうかな」
「……えっ?」
ノインが戸惑いの声を上げる。
「で、ですがネアル様ほどのお方が、私たちのような……」
「構わないよ」
ネアルは歩み寄り、ノインの肩にそっと手を置く。
そして、誰にも聞こえないような声で、静かに囁いた。
「……王の前で、君ひとりで彼らを守れるのかい?」
ノインの表情が一瞬だけ硬くなり――
「……よろしくお願いします」
そう、小さく、しかし確かに告げた。
ネアルはにっこりと微笑み、
「よろしい。じゃあ、一緒に行こうか」
そう言って、扉の方へ歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、ルアンとミレアがそっと顔を見合わせる。
「……ネアルって……そんなにすごい人なのかなぁ……」
「うん、なんか……雰囲気が、普通じゃないよね……」
そのやりとりを背後で聞いていたルキエルが、ぼそっと呟いた。
「……ねえ、人間って……こんなにも頭悪いの?」
セレドが、やや苦い顔をして咳払いした。
「……ごほんっ。……ここはちょっと……同感致しますね」
そして、白き謁見の間の扉が、重たく静かに――開かれた。
その先には、
この国の“核”を成す者たち――ゼグナート王とヴェルメリア妃、そして二人の王女たちが待ち受けていた。




