『語られぬものたちの同意』
ノインは遠くを見るような目で、ゆっくりと語り始めた。
「セレドと契約したのは……兄がいなくなって、しばらくしてからだった」
「そのときの私は、ただ必死だった。家が崩れそうで、支えなきゃって。それなのに、周りは何も期待していなかった。“兄ほどじゃない”って、ずっと言われ続けてた」
「……それでも、この家の名を守らなきゃいけないって、そう思い込んでたんだ」
ルアンとミレアが言葉を失って見つめる中、ノインの声が少し低くなる。
「使用人たちは私を哀れんでた。“落ちぶれた名家の次男”だって。両親は表では平気な顔をしていたけど、夜には何度も“もう終わりだ”って口にしてた」
「……それが、毎日だったよ」
その静かな語りに、誰も言葉を挟めなかった。
「そんなとき、セレドが現れた」
ノインは隣に控える老執事の姿をちらと見て、小さく笑う。
「契約した瞬間、すべてが変わった。冷たかった周囲が急に私を持ち上げるようになって、“家の希望だ”って、次々に擦り寄ってきた」
「……それまでと、私自身は何も変わっていなかったのに」
ルアンがそっと息を呑む。ミレアは拳をぎゅっと握りしめていた。
「正直、安心はしたよ。やっと役に立てた、って。でも……同時に気づいた。あの人たちは、ただ“肩書き”を見てるだけなんだって」
「私自身なんて、誰も見てなかった」
ノインの言葉に、ふっと重みが宿る。
ノインは、静かに言葉を繋いでいく。
「今思えば……あの頃の私は、ただ“役目”にしがみついてたんだと思う。家を守らなきゃいけない。跡を継がなきゃいけない。期待に応えなきゃいけない」
「……でもね、気づいたんだ。そんな“ねばならない”ばかりの人生って、誰の人生でもないんだって」
ふと視線を上げる。
「私は、やっと選べた。“自分で決めた場所で、自分の意志で生きる”って」
「だから――」
その目はまっすぐ前を向いていた。
「私の願いは、誰のためでもない“私自身の人生”を生きること。
肩書きも、家の名も、誰かの期待も関係ない。
それでもここにいたいと思える人たちと、共に歩ける未来を、私は選びたいんだ」
語る言葉には、もう迷いはなかった。
それが、かつて誰かのためにしか歩けなかったノインが見つけた――**“自分の生き方”**だった。
ノインが語り終えたとき、しばし静けさが落ちた。
その中で、誰にも気づかれぬように――
エピルークのふたり、ルキエルとセレドが、ゆっくりと視線を交わす。
ルキエルは、どこか冷めた笑みを浮かべたままセレドを見る。
セレドは、わずかに目を細め、静かにまぶたを伏せた。
言葉は交わさない。
けれど、その空気には、何か――**“重さ”**のようなものが滲んでいた。
何を思ったのか、ルキエルがほんの一瞬だけ、目を伏せる。
それに対してセレドは、まるで察したかのように――静かに、頷いた。
ただそれだけの、意味のないような一瞬。
けれど、その“沈黙”には、誰にも見えない何かが流れていた。
誰も、それに気づくことはなかった。
それは、まだ**誰も知ってはいけない“気配”**だった。




