『光の兄と星の子のグラズ』
ノインは、しばらく言葉を探すように沈黙し、それから柔らかく笑った。
「……君の話を聞いてると、私が聞いていた“グラズ殿”とは随分違う人になってしまったなと思ったよ。」
「えっ?」
ルアンが不安そうに眉を下げたとき、ミレアがふっと口を開いた。
「まあ……王族にあんな目に遭わされれば、誰だって変わるわよ。……私だって、グラズさんみたいになると思う」
ノインは静かに頷いた。
「ああ……確かに、ルアンにしてきたことは、賞賛できるものじゃないかもしれない。でも、そうさせたのは――この国なんだ」
「私も、そうだったから分かるよ。……完璧を強いられて、正しさの形を押し付けられて、ようやく立っていられるような世界だった」
「だからきっと、グラズ殿も……“そうせざるを得なかった”んだ」
その声には、悔しさと――どこか、やさしさが混ざっていた。
ルアンは黙って頷き、何も言わなかった。
「……ってことはさ」
不意にノインが顔を上げる。
「兄は……まだグラズに会えてないってことになるよね?」
「えっ、そうなる……のかな」
「うん、そうなるよね」
ノインが真顔で続ける。
「……うちの兄、昔から迷子になりやすい人だったんだ」
「「………………」」
ミレアとルアンが、なんとも言えない表情で顔を見合わせる。
「迷子って……」
「なんかすごく……急に兄上が小物感に……」
「いや、ほんとに道を聞けないタイプで……人混みでいなくなるのも得意で……」
ノインは疲れたように額を押さえながら、真剣に困っていた。
その場に、静かな笑いと共に、少しだけあたたかい空気が流れる。
けれど、そのあとの言葉には、重みが戻っていた。
「……兄がいなくなったあと、この家は本当に危なかったんだ」
一転して真顔に戻ったノインが、廊下の端を見つめながら呟く。
「……兄がいなくなったあと、この家は一気に不安定になったよ…“次期当主が失踪した”って噂は、すぐに外にも広まって、家の地位そのものが揺らぎはじめた」
「家の中はしばらく、暗かった。両親はずっと沈んでて、“名家も終わりだ”って毎日のように言ってた。……外では笑ってたけどね、あの人たち」
「私も……兄がいなくなったあとの家を、どうしていいか分からなかった。兄の代わりに自分が何かしなきゃって思ったけど、“劣った弟”には何も期待されてなかったし、何もできなかった」
ノインは一拍おき、ふっと息を吐く。
「……まあ、“劣ってる”なんて、自分で言うのも変だけどね」
「確かに私は、この家の中では兄に比べれば、ずっと下に見られていた。けれど――それでも、世間一般の基準で言えば、私は十分すぎるほど優秀な部類に入ると思う」
言い方に誇張はない。事実を淡々と述べるその声音には、変な謙遜も自慢もなかった。ただ、静かな自負だけがあった。
「……でも、ここでは、それじゃ足りなかった。兄と比べられる限り、何をやっても“足りてない”って言われ続ける場所だったんだ」
「だから、どうしてもこの家に居続ける理由を、見つけられなかった」
その言葉は、ひどく静かで、でもひどく真っ直ぐだった。
それが、ミレアとルアンの胸にすっと染み込んでいく。




