『白き街、満たされぬ心』
ルアンが意気込んで扉を叩くと、中から出てきたのは、髪をきっちり結った中年の女性。
「部屋をお借りしたいんですが――」
「……申し訳ありません。当宿は、紹介状のあるお客様専用でして」
「え……」
「ご紹介者様の名は?」
「えっと……ノイン様と、リリアナ姫の……」
その名を出した瞬間、女主人の目がすっと細くなった。
「……そうですか。でも、手続き上、書面の“宿泊許可”までは確認できておりませんので」
ぴしゃり、と扉が閉まる。
「……うまく、いかないね」
「べつに、あんなとこ泊まりたくないし……!」
ミレアが強がるように呟くが、その目は少し揺れていた。
気を取り直して、別の宿にも向かってみた。
だが――
「紹介状の形式が不明ですので、お引き取りください」
「現在、外部渡航者の宿泊は制限されております」
「アナグナ出身?……申し訳ありません」
何件まわっても、答えは同じ。
形式的な拒絶と、皮肉めいた丁寧語に包まれた、見えない拒絶の壁。
「入国はできても、宿までは無理なのかもね〜」
ルキエルがつぶやくと、ミレアとルアンも小さく頷いた。
「……なんか、寒い。冷たい感じ。空気も、人も」
「……やっぱり、エルディアって、こういう国なんだね」
沈黙が落ちる。二人とも、言葉を失ったように歩を止める。
その時――
ぐぅぅぅぅぅぅ……
「っ!? な、なんでもないっ!」
ミレアが顔を真っ赤にして背を向けた。
「ふふっ……」
思わず笑ってしまったルアンも、すぐに真面目な声に戻る。
「ごめん。でも、ちょっと助かった。……とりあえず、ご飯にしよう。お腹すいてるのは、本当だし」
「……ん。うん」
小さくうなずくミレアの手を引いて、ルアンは歩き出す。目指すのは、さっき通りがかりに見えた市場の方。
「……でもさ」
歩きながら、ミレアがぽつりとこぼす。
「こんなとこ、早く出たいよね。明日には、もう……他の国境に向かえたらいいのに」
「……僕も、そう思ってた」
「ボクも〜ここなんか生きずらァ〜い」
ルアンは空を見上げる。
「宿はだめでも……馬車とか、借りられたりするかな。お金、どれだけ残ってたっけ……」
「安いのなら、あるかも。市場の近くなら、乗り合いの馬車とか出てそうだし」
「うん、探してみよう。とりあえず、ご飯の後で」
「……ちゃんと、食べてからね」
ミレアの返事に、ルアンは笑顔で頷いた。
「よし。じゃあ、今日の目標はまずご飯」
「ご飯。あったかいのがいい」
「できれば甘いのも……」
「お菓子買えるほどの余裕、あると思ってるの?」
「……が、頑張る」
他愛のないやり取りをしながら、三人は市場の方へと向かっていく。
背後には、白く無機質な街並みと、突き刺すような視線。
けれど、少しずつ――ルアンたちの歩みに、ほんの少しだけ温もりが戻っていた。




