No.4
広間の奥、焚き火の炎に照らされた木製の食卓には、温かい蒸気を立てるスープと焼きたてのパン、香ばしい肉料理が並んでいた。
「ほれ、食べな。今日はちょっとだけ奮発してるよ」
がっしりとした腕で皿を配りながら、女将が笑う。
手慣れた動きと、それを見守る常連客たちの視線が、彼女がここで長く愛されていることを物語っていた。
ルアンとミレアは、「いただきます」と小さく言ってからスープを啜る。
「……ん……あっつ、でも、おいしい……!」
「っ……このパン、外はカリカリなのに……中がふわふわ……」
「うちの自慢の薪窯で焼いたパンだよ。水もな、山の湧き水から汲んできてる。……まあ、手間はかかるけど、こうやって“歩いてきた子たち”には、ちゃんと食わせてやりたいのさ」
女将が、腕を組んでテーブルの隣に腰を下ろす。
「さて……遅くなったけど、自己紹介しておこうかね。私はマルガ。この宿を切り盛りしてン十年ってところだ。誰もが通る森の道、旅人の中継地――って呼ばれるようになったのも、まあ、長くやってきたからってわけさ」
「マルガさん……」
「で、あんたたち。旅の途中で、こんな辺鄙なとこまで来たんだろう? ……どんな旅路だったんだい?」
ルアンが、スプーンを置いて静かに答えた。
「僕たちは……もともと、アナグナ出身なんですが…」
アナグナの小さな村で過ごした日々。ルキエルと出会ったこと。ダリオとの戦いや、ミレアとの戦いでの和解、リリアナ姫とノインとの出会い、そしてこの宿への道のり……。
話すうちに、食堂の温かさが胸にも沁みてくる気がした。
マルガはしばし黙って聞いていたが、ふっと穏やかに笑った。
「なるほどねぇ。……あの姫様、リリアナ嬢には私も世話になってるよ。昔からここの宿にちょくちょく顔を出してくれてね。まあ……“病弱で隔離”なんてのは、王族の体裁ってやつでさ、本当はあの子、ずっと外に出たがってた」
「……あ、そういえば……そんなこと言ってました。『退屈すぎて脱走した』って……」
「んー、そうさね」
マルガが頷き、少しだけ表情を引き締める。
「あんたらも分かるだろ? エルディア国がどんな所か。……完璧主義、優秀でない者は“不要”と切り捨てられる国さ。生まれも、能力も、血統も――何もかも評価されて、“枠から外れたら終わり”ってな」
ミレアがスープのスプーンを止める。
ルアンも黙ったまま、言葉を飲み込んだ。
「でもね、あの姫様とノインって子は、あの国の中じゃ、ちょっと“異端”なのさ。リリアナ嬢はどこまでも自分らしくて、周囲の言葉なんか気にしないし、ノインは……あの国に生まれても、力のない人を見下したりしない。根っから、優しい男だよ」
「……ノインさん……」
ルアンの表情がわずかに明るくなる。
だが、マルガはそこに重く、静かに言葉を重ねた。
「……でもね。あんたたちには“酷”な話をするよ」
ルアンとミレアが、顔を上げる。
「旅を続けるってことは……いつか、ノインとも戦う時が来るんだろう?」
重たい沈黙が、食卓を覆った。
「……リリアナ嬢もノインも、悪い子じゃない。でも、“セントラクト”ってのは、エピルーク持ちである以上、いずれどこかで誰かとぶつかる。どれだけ仲良くしたって、それが神選びってやつさ」
ルアンの手が、無意識に拳を握っていた。
ミレアも、唇を噛みしめていた。
その時だった。
「……ねえ、なに悩んでるの?」
不意に冷たい声が落ちた。
ルキエルだった。壁に寄りかかりながら、腕を組んでこちらを見下ろしている。
「戦うことが前提なのに、今さら何を考える必要があるの?」
その言葉は、まるで刺すように冷徹だった。
「君はもう、道を選んだんでしょ? 願いを叶えるために戦うって。だったら、友達だろうと、恩人だろうと……最後には勝つしかないじゃないか」
ルアンは、息を呑んだ。
ルキエルの瞳は冷たく、どこまでも静かだった。
「君が“選ばれし者”として歩くなら、それくらいの覚悟、持ってて当然だよ」
ぱちり、とまた焚き火が弾ける音が、誰の返事もない空間に響いた。
マルガは黙ってルキエルの言葉を聞いていたが――やがてふっと小さく、低く呟いた。
「……そういうところが、“神様の冷たさ”ってやつかね」
誰も笑わないまま、食卓に静寂が戻る。
そしてその夜、ルアンは目の前のスープを見つめながら、ひとつの問いを胸に残したまま、口をつぐんだ。
「――覚悟って、どうすればいいんだろう……」




