旅人宿
「……ミレア、ノインさんってかっこよかったよね」
「ふふ……うん、ああいう人が本物の騎士って感じ、ちょっと見とれちゃった」
夕暮れの森を歩く三人。ルアンとミレアはすっかり打ち解けていた。けれど、その後ろでぴくっと眉を吊り上げたのが、ルキエルだった。
「……ふんっ。ルアン、ボクという最強のエピルークがいるのに浮気とはいい度胸だね」
「え、浮気ってそんな……」
「そうだよルキエル、ただの感想でしょ」
「ボクのルアンなのに……ふんっ……」
膨れっ面のルキエルに、ミレアとルアンが同時に苦笑いを浮かべた。
その時、ミレアが手で額をぬぐって言う。
「……はあ、喉乾いた……もうすぐ干からびそう」
「ねぇ……水、もう一滴も残ってないんだけど……」
ミレアがぐったりとした声で呟いた。肩を落とし、足取りもふらふらだ。
「僕も……そろそろ空気を飲み始めそう……」
ルアンも同じく、限界寸前といった様子だった。
「まったく……あの姫、“この先すぐ”とか言ってたけど、どう考えても感覚ズレてるでしょ……?」
ルキエルが不満げに木の根を蹴る。
「“ちょっと先”って……絶対、エルディアの王族基準の“ちょっと”だったよね……」
そう文句を言いながらも、三人はなんとか歩を進めていた。
「……あっ、あそこ!」
ルアンが指差した森の先に建物の影が見えた。
「……やっと……あった……」
ようやく辿り着いた、リリアナが言っていたエルディアの外にある、宿泊屋だ。
「みて!看板にまだ空室ありって書いてあるわ!」
「本当だ!急ごう!」
そう言い
中に入ると、そこは広々としたロビー兼レストラン。木製のテーブルには旅人たちが思い思いに座り、談笑している……が、ルアンたちが足を踏み入れた瞬間、ざわ……っと空気が変わった。
「あれ、あの子……エピルーク連れてる?」
「汚い身なり……アナグナの奴か…?」
「え、セントラクト? あんな小汚い子が? 嘘でしょ」
冷たい視線と、低いざわめきが飛び交う。
ルアンとミレアが気まずそうに受付に向かうと、カウンターの男が面倒くさそうに顔をしかめた。
「ああ? お前ら……アナグナの奴らか。悪いな、今夜は満員だ」
「え……?」
「でも、まだ空いてる部屋あるって看板に書いて…」
「ねぇんだよ、もう埋まった。帰りな」
冷たくあしらわれ、周囲の旅人たちがくすくすと笑い始めた、その時――
「おいあんた、またやってんのかい!」
「いっ……!?」
奥の厨房から、がっしりとした体格の女性がドスドスと歩いてくる。年の頃は四十代、腕っぷしも強そうで、エプロンをつけている。
その女将が、遠慮なく受付の男の頭を「ゴツン」と殴った。
「痛っ!? な、なんすか女将……!」
「ここはエルディアの外。アナグナ出身とか関係ないの。なに勝手に閉め出そうとしてんのさ!」
「……そこのあんたら、旅をしてるんだね?」
カウンター越しに腕を組みながら、女将がふいに声をかけてくる。
「なにか目的があるんだろう? 旅をする理由ってやつさ聞かせてくれ」
ルアンは少し驚いたように目を瞬かせ、それから胸に手を当てて、ゆっくりと口を開いた。
「ぼ、ボクは……元々、村で一番弱かったんです。何をやっても人より劣ってて……」
言葉を絞り出すように、続ける。
「だから……強くなりたくて。エピルークのルキエルと契約して、旅に出ることにしました」
「そっちのお嬢さんは?」
女将が、優しくも鋭い眼差しをミレアへと向ける。
少し戸惑ったように、ミレアは視線を伏せた。けれど、すぐに静かに顔を上げて答える。
「……私にも、エピルークがいたんです。ロギっていう、小さくて……少しおバカだけど、優しい子でした」
一瞬、胸の奥がきゅっと締めつけられたような痛みに顔を歪める。
けれど、ミレアは続けた。
「でも……彼と戦って、負けて……もう、いなくなりました」
場が一瞬だけ静まり返る
焚き火のパチパチという音だけが、やけに耳に残る中で、
ミレアは、微笑んだ。ほんの少しだけ、涙がにじんでいた。
「でも……いまは、ひとりじゃないんです」
そう言って、ルアンの方をちらりと見る。
「ロギはいなくなったけど、私は、彼と一緒に旅をしている。
だから、きっと大丈夫。……もう、“ひとりぼっち”じゃないから」
その言葉は、寂しさを滲ませながらも、確かに前を向いていた。
――だが。
「ぷっ……なにそれ」
不意に、奥のテーブルから吹き出すような声が聞こえた。
「底辺同士で戦って負けても、くっついて旅してんのかよ。マジかよ、うける」
「そんな弱いもん同士が、仲良しこよしで旅とか……子供のおままごとか?」
「いなくなったエピルークが恋しいです? あーはいはい、感動したー」
クスクスと笑い声が広がっていく。さっきまでの静けさは嘘のように、宿全体が嘲りの渦に包まれた。
ルアンは歯を食いしばる。ミレアは、何も言わず唇を噛み締めていた。
――その瞬間だった。




