『見られたかった少女』
――空気が、軋んだ。
「ロギ、いくよ……!」
ミレアの声が震える。だがそれは怯えではない。あふれる感情に、声が追いつかないだけだった。
彼女の足元から溢れ出す黒紫のオーラが、ロギの身体とともに渦巻く。
「オイラの出番だね、ミレア!」
ロギの無邪気な声が空気を裂いた。丸っこい紫の体が、ひゅるりと浮かび上がり、ミレアの全身を包むように融合していく。黒紫の嫉妬のオーラが彼女の肌を這い、指先へと集束する。
「――ずるいよ……ズルすぎるよ…!ルアン……!」
その声と同時、ミレアの手から黒い槍のようなエネルギーが放たれる。
ルアンはギリギリで跳ねのく。風が喉元を掠め、頬に細く血が滲んだ。
「っ、なんで……!」
思わず漏れた言葉に、ミレアは答えなかった。
――記憶の深淵。
森の奥、小さな石と木で作られた、静かな家。
ミレアはそこで、おばあちゃんと二人だけで暮らしていた。
静かで、あたたかい家。
街に行くと、いつも誰も声をかけてこなかった。
(……今日も、誰とも話せなかった)
目が合ったと思ったら、すぐに逸らされる。
見られている。でも、そこには「意識」がない。
まるでお化けのように。
(……私、ここにいるのに)
俯いたまま、森へ戻る。その繰り返し。
(……ねえ、おばあちゃん。今日も、誰も話しかけてこなかった)
小さな囲炉裏の前。薄暗い森の家の中、ミレアは膝を抱えて、ぽつりと呟いていた。
(何度か……街に行ってみたけど……)
街の広場、通り。誰かの背中を見つめ、そっと歩み寄ろうとする自分。でも、目が合っても――すぐ逸らされる。
まるで、最初から“いなかった”かのように。
(目が合ったの、嬉しかったのに……)
ミレアは、言葉にならない感情を飲み込んで、静かに家に戻る。そこには、いつものように優しく笑うおばあちゃんだけがいた。
そんなある日、ミレアは広場で暴力を受けていた少年を見た。
泣いて、叫んで、それでも誰かに囲まれていた少年――ルアン。
(……なんで、あんなに見られてるんだろう)
痛めつけられても、彼は存在していた。
(いいな……羨ましいな……)
ミレアは、それから毎日森の木々の陰からルアンを観察するようになった。
話しかけることはできなかった。でも、目を離すこともできなかった。
「ねぇ、おばあちゃん……私も……ルアンみたいになれたら、皆から見てもらえるのかな……」
囲炉裏の前、おばあちゃんの膝に頭を乗せて、そう呟いた。
優しく微笑むおばあちゃんは、何も言わずに彼女の髪を撫でた。
……その、数ヶ月後。
おばあちゃんが、突然倒れた。
「まってて……!すぐ戻るから……!」
ミレアは街へ走った。唯一頼れる、医者のもとへ。
だが。
「……お金がない? じゃあ無理だよ。ごめんね。帰ってくれる?」
玄関先で言い放たれたその言葉は、胸を焼いた。
(……そんな……!)