『嫉妬の影、朝靄の中で』
――夜が明けた。
淡い靄が森を包み込み、朝の静寂が世界を優しく染め上げていた。
境界線の森。ここはアナグナとエルディアを隔てる、誰にも管理されない“忘れられた場所”。
その片隅で、ルアンとルキエルは目を覚ましたばかりだった。
「ふぁ……よく寝たけど……あんまり体は休まってないかも……」
ルアンが眠たげに目をこすり、背中を丸めてのびをひとつ。
霧と朝露に濡れた冷たい地面が、昨夜の焚き火の名残すら飲み込んでいた。
「まあ、森の地面だしね。寝心地は最低だったでしょ」
ルキエルは飄々とした声で笑う。だがその双眸だけは、じっと遠くを見据えていた。
「……昨日の夜から、ずっとこっちを見てた子がいるんだ。
どうやら、向こうも“動く気になった”みたいだね」
「……え?」
その言葉が終わるや否や――
ガサッ、と低木を揺らす音。
「っ!?」
反射的に身を引いたルアンの目の前に、何かが飛びかかってきた。
鋭い気配を本能的に察知し、地を蹴って回避する。足元をかすめて風が通り抜けた。
「なっ……誰っ!?」
倒木の陰から、ひとりの女が現れた。
ボロボロのワンピース。裸足。
泥に汚れた脚。長く伸びた髪が目元を覆い隠している。
だが、その髪の隙間から覗いた瞳だけは、異様なほど沈んで、凍てついた感情をたたえていた。
「……君は……ミレア?」
ルアンが、思わずつぶやいた。
その名前に反応するように、――ミレアの眉がぴくりと動く。
だが、口を開くことなく、ただルアンを睨み続けている。
「知り合い?」
隣で、ルキエルが静かに呟いた。
ミレアが、ふと口を開いた。
「……なんで、どうしてなの」
声はかすれていた。
だがその響きには、鋭く刺すような嫉妬がこもっていた。
「私には……誰もいなかった。
誰にも気づかれなかった。
ずっと、ずっと……独りでここにいた。
それなのに……なんで君だけ……」
その足元から、黒紫の気配が広がる。
影の中から、まるっこい小さな異形がぴょこっと現れた。
「んへへっ! 嫉妬に満ち溢れてるよミレア!それであんなやつけ散らかしちゃえ!」
――ロギ。ミレアのエピルーク。
紫色の身体をくるくる回しながら、楽しげにルアンたちを見上げていた。
だが、ミレアの背後に回ると、その体はするりと彼女の身体にまとわりつくように、影と同化する。
ミレアが睨みながら言う。
「なんで君まで選ばれてるの……!?
ずっと周りから注目されてたくせに! 泣いてただけのくせに!!
なんで君ばっかり……!!」
彼女の叫びが、森に響いた。
「この気持ち……君にも思い知らせてやるッ!!」
全身から溢れ出す紫黒いオーラ。
ロギを媒介として、嫉妬の力がミレアを包み込んでいく。
その姿はまるで、感情がそのまま実体化したかのようだった。
ルアンは拳を握った。