冷たい目
盗賊たちが去ったあと、森には再び静寂が戻っていた。
しかし、ルアンの胸の中は、騒がしいままだった。
焚き火の火が、パチパチと静かに揺れている。
「……“エピルークは俺たちのもんだ”って、あの人たち……どうして、あんなこと言ったんだろう」
ルアンがぽつりと呟いた。
ルキエルは、いつも通りの穏やかな口調で答える。
「珍しいことでもないよ。世の中には、ぼくらエピルークに対して、あいつらみたいにねじ曲がった見方や、間違った思い込みを持ってる人たち、何人もいるみたいだから」
「……じゃあ、ぼくが知らないところでは……今まで、エピルーク欲しさに、人を……殺してきた人たちが、たくさんいたってこと?」
ルアンの声には、静かな衝撃が滲んでいた。
ルキエルは少し間を置いて、曖昧に首を傾げる。
「……そういうのも、あるみたいだね。ぼくらエピルークが何をすれば契約するかなんて、本当は気まぐれだけど……“殺せば手に入る”って信じてしまってる人たちは、少なくないんだよ」
焚き火の火が、小さくはぜる。
「ねえ、ルキエル。今、世界には……どれだけのセントラクトがいるのかな?」
「んー、さあ? 昔は“星の数ほどいた”なんて言われてるけど……今はどうだろうね。セントラクト以外と戦って死んだ人たちのエピルークは、またどこかで別の契約者を探してるはずだから……正確な数なんて、誰にもわかんないと思うよ」
「……そっか……」
しばらく黙って、焚き火を見つめたあと、ルアンはもうひとつ疑問を口にする。
「……ちなみに。戦わない契約者、とかも……いたりするの?」
「いるんじゃない?」
ルキエルは軽く肩をすくめた。
「たとえばね。ぼくらエピルークが感情を奪う理由は、ぼくら自身に“感情の欠落”があるからなんだ」
「感情の……欠落?」
「そう。ぼくらは、最初は人間みたいに考えたり感じたりできない。でも、人間から“感情”を奪っていくことで、人間らしさ……つまり“心”を少しずつ取り戻していけるようになるんだ。
人間には、全部で16種類の感情があるって言われてる。そのうち14とか15種類くらいまで集めたエピルークはね、もうほとんど人間と同じ思考を持つようになる。だから、その中の何かが変わっちゃって……」
「……変わっちゃって?」
「“もう戦いたくない”とか、“平和的に生きたい”とか。そう思っちゃって、戦いを放棄しちゃうエピルークも、実際にいるんだよ」
「……じゃあ、そういうエピルークたちは?」
「最後には、“生き残りの戦い”に出なきゃならないんだ」
「……それは、どうしても?」
その問いに、ルキエルは焚き火の光に目を細めながら、ゆっくりと口を開く。
「だって、そうじゃなきゃーー君自身の“願い”は叶えられないよ?
この世界に、“神”は二人もいらないんだ。ね?」
ルアンは、ふと気になったことを思い出して尋ねる。
「そういえば……この“神”って、そもそも……?」
ルキエルは小さく笑う。
「……世界を作った神はね、いつだったか覚えてないけど、ある日突然いなくなったんだ。理由も告げず、跡形もなく。
それで残されたぼくら、“神の子”ーーエピルークたちが、今この世界の“新しい神”になろうとして戦ってるってわけ。
だからね……これはただの戦いじゃないんだ。」
焚き火が、ぱちりと弾ける。
その音の余韻の中、ルアンは小さく息を飲んで、黙って空を見上げた。