森の中
木々がざわめき、朝の風が冷たく吹き抜ける。
アラグナとエルディア王国を分ける境界の森。
鬱蒼とした木陰の中を、ルアンとルキエルが並んで歩いていた。
「……で、ルアン。とりあえずさ、君ってどこ目指してんの?」
ルキエルが、木の枝をくぐりながら振り返る。
「……とりあえずエルディア王国の先にある別の国に通じる境界線に向かう予定だよ」
「エルディア国?」
「……そう。まぁ、その国はさ…」
ルアンは言い淀み、やがて苦笑する。
「……本当はアラグナ、僕たちの国って、“元はエルディアの一部”だったんだよ」
「へぇ?」
ルアンは枝を払いながら話し始める。
「昔、エルディアから“いらない”ってされた人たちや犯罪を犯した人をまとめて追い出した場所がアラグナだった。だから一応“国”って言われてるけど、実際はただの“スラム”に近いんだよね」
「ふーん。王様も貴族もいないスラム国家かぁ……」
「……しかもダリオの家ってさ、“元・管理人”みたいな立場だったんだ。アラグナの中じゃ一番お金持ちで、あの国を“見張るため”に置かれたって感じ。でもそれも事実上は“追放”みたいなもんで」
「うわ……めっちゃ差別構造」
ルアンは苦笑しながら続ける。
「アラグナの大きさなんて、田舎の小島くらい。人口もせいぜい二百人くらいでさ。
それに比べて、エルディアは……“アラグナなんて地図にも載らないくらいの国”を、いくつも飲み込める規模の大国だよ」
「うわあ。スケールの差がひどいね。ていうか君の例え、意外とわかりやすいな」
「……で、アラグナを出るのは自由だけど、問題はその“先”なんだよ」
「先?」
「他の国に行くには、基本的に“エルディアを通る”しかない。でもね、エルディアの国内にアラグナ出身者が入るのは基本良く思われないから入れないんだ。
馬車も乗れないし、宿にも泊まれない。泊まるって言っても、この境界線の森に設置されてる宿、それもせいぜい『古いタオルと硬いパン一つ』で、好きな場所で寝てねって言われるだけ」
「……それ、泊まるって言わないでしょもはや。野宿じゃん」
「でしょ。しかもそのあたりは盗賊も多くて、運が悪いと……普通に殺される」
「なるほど。弱者の生存権まで完璧に無視か……」
ルアンは少しだけ俯いた。
そして、すぐに顔を上げた。
「それでも僕は、進むよ。……進まなきゃ、何も変わらないから」
ルキエルは、少しだけ笑って言った。
「うん、君ってやっぱ変わってるよね。でも……悪くないと思う」
そして2人は、また静かに森を歩き出した。
それは、小さな国から出た少年の、最初の一歩だった。