出発の朝
雨上がりの道を歩くルアンの足取りは、まだ少し重かった。
体は痛む。けれど胸の奥に宿った光は、はっきりとあたたかい。
その隣で、ルキエルが何気なく言葉を投げた。
「ねえルアン。君の“育ての親”って、どんな人?」
ルアンは、少しだけ苦笑いしながら答えた。
「えっと……グラズ。酒ばっか飲んでて、いつも怒鳴ってる……
拾ってくれた人なんだけど、まともに話したことって、ほとんどないんだよね……」
「ふーん。人間界では、そういう育て方が一般的なの?」
「……いや、全然そんなことないよ」
冗談みたいに笑ってみせたけれど、どこか寂しさのにじむ声だった。
◇ ◇ ◇
ルアンが扉を開けたとたん、怒号が飛んできた。
「おい、ルアン!!」
酒瓶を片手にしたグラズが飛び出してくる。
「広場で見たぞ! お前……お前、“選ばれし者”だったのか!?
すげえじゃねえか……!」
最初は喜びのようにも聞こえた。
だが、その顔がすぐに欲望に濁っていく。
「エピルークがいるなら……そうか、稼げるじゃねえか……!
闘技場とか、見世物とか……ああ、夢が広がるなァ! お前、役に立つじゃねえかよ!」
ルアンの顔から血の気が引く。
すると、ルキエルが静かに口を開いた。
「……あーあ。なんかね、そういう使い方をする人間もいるみたいだよ、確かに」
その言葉に、グラズが険しい顔で振り返る。
「お前が……神様か!!!」
「んー、まあ似たようなもんかな?」
ルキエルが気の抜けた調子で答える。
その横で、ルアンが口を開いた。
「……ぼく、旅に出たいんだ」
「……はァ? なに言ってやがる、冗談言ってんじゃねえぞ。
せっかくこれからってときに、勝手なことぬかすなよ」
グラズの声が強くなる。
「世の中甘くねえんだよ! お前みたいなガキが一人で何できるってんだ!?」
ルアンは、それでも目を逸らさなかった。
「……僕だって……自分で、自分の“人生”を決められる」
その瞳はまっすぐだった。怯えていない。揺れてもいない。
グラズはその視線を受け止めて、何かを言いかけたが……声が出なかった。
沈黙。
舌打ち。
「……チッ」
グラズは何かを考えるように、酒瓶をぎゅっと握りしめたまま、黙り込んだ。
ルアンは小さく息を吸って、静かに言った。
「……ぼく、出てく」
それは、決意だった。
「ま、待て……!」
グラズが声を上げて、ルアンの腕をつかんだ。
「っ……!」
ルアンの身体が、びくりと震えた。
(また……殴られる)