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プロローグ


重い瞼を持ち上げた視線の先には、見たことの無い天井が広がっていた。


ふかふかのベッド、窓から差し込む温かな太陽の光、爽やかな鳥のさえずり、不思議と落ち着く芳醇なコーヒーの香り。

全てが知らないもののはずなのに心が穏やかなのは、あまりに現実味のない状況に自身が夢を見ている事を自覚した為だろう。


このまま二度寝をしてしまうのも悪くないけれど、夢の中でまで眠るのは何だか勿体ない気がして身体を起こしてみた。


「おはよう。寝覚めはどうかな?」


突然聞こえた声に驚き、身体が小さく跳ねる。

低く優しく、どこか懐かしさを感じる声に鼓動が早くなるのを感じながら、ゆっくりと声が聞こえた方向に顔を向けた。


「……」


沈黙が、場を支配する。


少しクセのある金色の髪、長い睫毛に覆われた宝石のような碧色の瞳……視線の先には多くの少女が憧れる絵本の王子様の如く美しい男性が佇んでいた。


今の私は、鳩が豆鉄砲をくらったかのような、さぞ間の抜けた表情をしている事だろう。

ただ、私がこんなにも驚いているのは彼の美貌のせいだけではなく……彼がよく知っている人物に他ならなかったからである。


「カイ、リ……?」


自然と口に出してしまった言葉に、彼の大きな瞳が更に見開かれた。


「どうして僕の名前を知っているの?」


彼……カイリの言葉で疑念が確信へ変わると同時に、朧気だった記憶が段々ハッキリと形を成してきた。


私は今、過去にプレイした乙女ゲーム『ムーンライト ユートピア』の夢を見ているのだろう。


社会人になって数年が経ち、仕事や生活にも慣れ余裕が出来てきて趣味にも時間を注げるようになってきて、数多の乙女ゲーム作品をプレイしたし積んでいる作品すらあるにも関わらず……昨日の夜、ふと目に入った10年以上昔に遊んだ作品を衝動的にやりたくなって電源をいれた事を思い出した。

夢は眠る直前に触れた情報に左右される事も多いと聞くし、それならばゲームのキャラクターであるカイリが目の前にいる事にも納得出来る。


……で、あれば。

10年以上前の記憶が確かなら、そろそろもう一人のキャラクターが姿を見せるはずだ。


「そろそろ起きたか?」


ああ、やっぱり。

部屋の扉が開かれ、クールな印象を受ける重低音が鼓膜に響き渡った。

姿を見ずとも声の主の姿が分かる。


「ハルト。あまり怖がらせたらダメだよ」


「あ? 別に怖がらせてないだろ」


カイリの言葉に、ハルトと呼ばれた青年は不機嫌そうに眉根を寄せた。

ハルトは、カイリと同じくこのゲームにおける所謂攻略対象キャラクターだ。

少し硬そうな栗色の髪に、切れ長の目、紫色の瞳……さすが乙女ゲームのキャラクター、カイリに負けず劣らずの美形でまずまずと凝視してしまう。


「なにジロジロ見てんだよ」


「す、すみません」


確かに失礼な行為だったと反省するも、鋭い声に思わず萎縮してしまう。


「ハルト、怖がらせたらダメだよ。さっきも言ったよね」


カイリがハルトをなだめ、柔らかい表情で私の顔を覗き込んできた。

あまりにも綺麗な顔のせいで、一瞬呼吸が止まってしまう。


「君はね、昨夜この店の前に倒れていたんだよ。僕たちが声をかけても目覚めなかったから……ひとまずここまで運ばせて貰ったんだ。この街は比較的に治安が良いけれど、それでも、眠っている女の子を夜道で放置するのは危険だからね」


何度も物語のプロローグで聞いたカイリの説明も、10年ぶりともなると新鮮さと感動すら覚える。


「そ、そうだったんですね。ご親切に助けて頂いて、ありがとうございます」


緊張しながら、主人公が言っていた気がする言葉を紡いだ。


うろ覚えだけど、ここには確か最初の選択肢があった気がする。

お礼を伝えると2人の好感度が上がり、此処はどこ貴方は誰?と質問をするとハルトがキレる展開だったはずだ。

質問する前に伝える言葉があるだろ?と鋭い声で正論をぶちかまされた記憶がある。


ゲームだから耐えられるものの、まるで現実のようなリアリティがある今それを食らうと……あまりにも大きいダメージを受けそうだ。


「それで、お前は何者なんだ? どうしてうちの前で倒れてた?」


これも、聞いた事のある台詞。


「私の名前は、ユナっていいます。記憶が曖昧で……昨日以前のことはよく覚えていません」


本名ではなく、ゲームのデフォルト名が自然と口から溢れでる。


「自分の家は分かるか?」


「……家は、ありません」


家は異世界にある、なんてそんな事は言えるはずもなく。

更に言ってしまえば、好きなゲームの夢を見ていて、ハルトとカイリの事も知っていて、この先に起こる未来の事も何となく知っているのだが、そんな事をのたまっても信じて貰えないだろう。


好感度が爆下がりするだけで済めば良いけど、下手したら病院送りだ。

それは困る。

せっかく良い夢を見ているのだから、いける所までいってみたい。


だからこそ私は、10年前の曖昧な記憶を必死に思い出しながら主人公ユナの台詞を紡ぎ、ストーリーを辿る事にした。


「……面倒なもん拾っちまったな。どうする、カイリ」


「どうするも何も、放っておく訳にはいかないでしょ」



私の記憶が確かなら……この後、ルートが大きく分岐する選択を迫られるはずだ。


「ユナ。君が良ければ、なんだけど……」


カイリとハルトは数分だけ小声で何かを話し合ったあと、こちらを向いて口を開いた。


「僕の通っている魔法学院に、君を紹介する事はできる。そこなら寮もあるし、勉強は…頑張らないといけないかもしれないけど、僕も色々サポートしてあげられる。記憶が戻ったら退学しても良いし、記憶が戻らなくても魔法学院の卒業生なら働ける場所は沢山あるから生きていけると思うよ」


「それも不安なら、記憶が戻るまでここにいればいい。ただし日中は、うちの店……この家の1階でやってるカフェ『ビオラ』の営業を手伝って貰う。どうするか、お前が決めろ。勿論、どっちも選ばずに出ていっても構わないけどな」


きた、記憶通りの展開だ。

『ムーンライト ユートピア』は攻略対象がカイリとハルトの2人しかいない。

カイリと共に魔法学院に行くか、ハルトの家に留まりカフェで働くか、このたった一度の選択肢でそれぞれのルートに分岐する。



……どちらも選ばなかった場合は?



ふと、そんな考えが頭によぎる。

先程から薄々思ってはいたけど、この夢はゲームのように選択肢が直接目の前に表示される訳では無い。

あくまで私が勝手にストーリーをなぞっているだけなのだ。

ゲームでは選べなかった、どちらのルートも選ばないという選択が……もしかしたら出来るかもしれない。


「どうする、ユナ」


ぎゅっと強く拳を握りしめ、私は決断した。

どうせ夢なんだから、好きにやってしまえばいい。


「心遣いありがとうございます。私は……」


諦めた理想を、今なら叶えられるかもしれない。

いや、叶えてみせる。

強く心に誓って、私は1つの選択をした…ー



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