第10話 楽園の痕(2)
「聞いてまいりましたわ、ドーニャ!」
興奮気味に部屋に入ってきた侍女フランシスカは、真っ直ぐに女主人の寝台に向かってきた。
「いらした御使者は大宰相閣下のお使いのようです。旦那さまに、叛逆罪の嫌疑がかけられていたらしくて」
「叛逆罪とは……穏やかではないですね」
病床のドーニャ・イサベラは、険しい表情で顎を引く。
「あの子に、そこまでの度胸があるとは思えませんが、疑われてしかるべきの振る舞いは、あったかもしれませんね。……それで?」
「はい。なんでも旦那さまは、先頃ある財宝をお買い求めになったようなのですが、それが実は、宮殿から盗み出された国宝だったらしいのです!」
「それは……大変なことを。あの子はそれを、知っていたのですか」
「御使者に詰問されて、名代の執事さんは必死に否定していらっしゃいましたが……」
「真実は、どちらなのやら。身の程を知らぬは愚か者だと、あれほどきつく言い聞かせてきたのに」
男の伯母は厳しい口調で、ばっさりと切り捨てる。
「それで、大宰相閣下の御裁断は」
「は、はい。その……旦那さまがそれを国宝だと気づかないはずはなく、承知で隠匿していたのなら、国家に対する叛逆と見なす、と。でも、もしそれを皇帝陛下にお返しするために手に入れたのならば、経緯は不問に付す、との仰せです」
ドーニャ・イサベラは背中に当てた枕に深々と身を沈め、安堵の嘆息を洩らす。
甥のナクソス公爵は、諸侯の中でも特に皇帝に目をかけられている。事実上の執政者である大宰相としても、対応は慎重にならざるを得ないだろう。なによりホルグ・ピントの背後には、先帝と繋がりの深いメンデス家の女主人が控えているのだ。
「道理をよくご存知の大宰相閣下に、お目こぼし賜ったというわけですね。……ところで、その国宝は? 執事はあの子に替わって御使者にきちんとお返ししたのでしょうね?」
「それなんですが、国宝が一体どのようなものであるか、御使者も執事さんもご存知ないそうです。なので、旦那さまがお帰りになり次第、ご自身で参内するように、との御命令です」
「国宝がどのようなものか、誰も知らない? それもまた、妙な話だこと」
「はあ、そうですねえ」
フランシスカはリスのような瞳をくるりと剥いて、考えるように天井を見遣る。
漏洩を防ぐため、機密を知る者の数は最小限に抑える。知る者に対しては、国家権力という圧力をかけてでも、口を封じさせる。
ホルグ・ピントが叛逆の嫌疑をかけられ、帝国の言うとおりにすれば不問に付すと通告されたときに、この事件は封印された。
これで終わり。必要以上に騒ぎ立てるな、ということなのだろう。
ドーニャ・イサベラはそう解釈し、余計な深入りはしないという処世を守ることにした。
「まったく……あの子にはいつまでも悩ませられること。これに懲りて、少しは自重してくれればよいが」
野心のため、とかく短慮を起こしがちな甥は、いつまでも伯母を楽隠居させてはくれない。ドーニャ・イサベラは諦めにも似た気持ちで苦笑する。
「最近は不可思議なこともあったし……なかなか落ち着いて養生できないものね」
「あれから、夜は、何事もなくお休みになれますか、ドーニャ?」
「ええ、もう大丈夫。あのお若い悪霊祓い師さんのおかげね」
「そ、そうですとも! あの、天使のような麗しい方が、奇蹟の光で魔性を浄化してくださったんですわ! きっとそうですわ!」
瞳を潤ませ頬を上気させて、フランシスカは夢見るように言った。
侍女の年頃を思いやり、ほほえましい気分になったドーニャ・イサベラは、唇をほころばせる。
「本当に、そうね。――機会があれば、ぜひまたお会いしたいものね」




