表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

第8話 聖なる鱗(1)

「〈土曜日生まれ〉のイリアンとおっしゃる方は、ご在宅でしょうか」

 若い女の声が、司祭館の扉を叩く。

 イリアンは司祭館の裏手の薬草園にいた。呼びかける声に、急いで手を拭い、入り口に回る。

 扉の前に、黒い面紗を被った小柄な女が立っていた。

「〈土曜日生まれ〉のイリアンさまでしょうか」

「そうです。――失礼ですが」

「申し遅れました。イサベラ・マリア・デ・メンデスの使いの者でございます。わが女主人(ドーニャ)に、ぜひお力をお借りしたい仕儀がございますため、拙宅までご足労賜りたくお願い申し上げます」

 面紗を外したのはイリアンと同年代の娘だった。美人ではないが、愛嬌のある顔立ちだ。リスのような目に、涙ぐみそうなほどの賛嘆を込めて、イリアンを見つめている。

 イリアンは慎ましく目を伏せた。

「ご依頼、確かに承りました。ですが、本日は多忙につき伺うことができません。明日でしたら」

「火急のお願いです。何時ごろなら、いらしていただけましょうか」

 使いの娘はイリアンの言葉を遮り、切迫した調子でたたみかけた。

 イリアンは内心ひそかに笑みこぼしながら、思案を装う。

「夜間外出禁止時刻になってもかまわないとおっしゃるなら、伺いましょう」

 娘は顔を輝かせ、安堵したように、胸の前で手を合わせた。

 三日前、ディアーナの娼館の中庭で、イリアンはひとつの呪術を行った。

 ――ドーニャ・イサベラ・デ・メンデスの夜から、静寂が去るように。

 魔性を駆逐すべきクルスニクとして、また、そう育ててくれた恩師の遺志を守る者として、決して行ってはいけない術だった。

 だが、イリアンは、境界を越えた。

 大切なものを守るために。それが自分の、生きる希望だと信じたから。

(この依頼を受けた瞬間から、すでに越えていたのだ。わたしは境界に立つ者であり、境界を越える者なのだから)

 犯した罪は魂に刻まれた。でも、後悔はしない。

(それに、いまはもう、理由はひとつではなくなった)

 イリアンは懐から金の腕輪を取り出す。大粒の青玉が日差しを含んで輝いた。

 深く澄んだ海の色。持ち主の瞳と同じ青。

 ――テオファネス。

 陽気な青年の姿は、この腕輪と引き換えに忽然と消えてしまった。ピントの邸に行けば、なにか手がかりがあるかもしれない。

(せっかく苦労して依頼を果たしても、お礼を言ってくれる依頼人がいないなんて、張り合いがなさすぎると思いませんか、テオ?)

 余計な仕事を増やした分、余計に感謝してもらわなければ割に合わない。イリアンは唇を噛みしめる。

 呪術を成し得たあと、心配してくれるディアーナのもとを辞去し、教会に戻った。求める来訪者を出迎えるために。

 待ち人はやって来た。今日は満月の二日前になる。

「……今夜で、いいのかい?」

 ドーニャの侍女が帰って間もなく、司祭館の陰から若い男が現れた。イリアンの見知るアドナンの部下のひとりだ。

「はい。――アドナンに、そのようにお伝えいただけますか」

「わかった。計画通りに手配する」

「よろしくお願いします」

 男は身をひるがえし、立ち去った。

 背後にその気配を感じ取りながら、イリアンは青玉の腕輪を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ