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夜と令嬢 昼界ー5


 話はサリアン王宮に戻る。

 王宮地下の発光室は、広いと言っても、招待客やら警護の兵やら召使いやらを全部収容するとなるとそりゃあ狭かった。満員電車みたいな感じだよ。ぼくは満員電車ってやつを見たことはないけど、なんでもひどく混雑しているんだろう?

 まあそんなわけで、そこに誰がいて誰がいない、なんてことを判別するのはもちろん不可能だった。王族ですらなんとかタルに座るくらいのスペースを占領していられた程度で、夜が完全に去ったと確認されるまで、全員が窮屈で暑苦しい思いをした。しかも眠気をこらえながら。

 夜が来ている時は、みんな眠くなる。でも、眠ってしまうと闇に心をさらわれてしまうと知っているから、誰もが必死で我慢するんだ。


 三重に作られた堅牢な扉が開いて、やっとみんなが開放されてからがまた大変だ。やれケガをしただの気分がわるいだの服がよごれただの靴を踏まれただのと不平を漏らし、それにしても急な夜だった、異例だ、凶兆だと騒ぎだす。

 サリアン王室側は客の動揺を抑えて謝罪してまわるのにてんてこまいだった。みんな自分のことで頭がいっぱいで、ミルファ・アクラが消えたことに、はじめは誰も気づかなかったんだ。



「ねえ、あなた。ミルファは今日来ていたはずよね? どこかで見かけた?」

 一番にその可能性を口にしたのは、ジェイニーだった。


 ジェイニー・アクラ。痩せぎすで背が高く、白すぎる顔はどこか病人のように見える。髪は対照的な黒で、昼界では不吉とされる色だ。独身の頃は「針金のジェイニー」なんてあだ名を付けられていた。そのからかい混じりの呼び名からもわかるように、家柄は悪くなかったにもかかわらず、二十になるまで求婚はなかったそうだ。

 そのジェイニーを三年前に妻にし、周囲を驚かせたのが、セイル・アクラである。彼女より二つ年下で、背はなんとか同じか、少し高いくらい――なのだが、その日のジェイニーはヒールを履いていて、並ぶとヒールと結い上げた黒髪の分、夫より高く見えた。


 妻に袖を引かれて、セイルはほんの少し考え、首を振った。

「いや、会場にいたときは確かに。でも夜が来てからは……」

「ごめんなさい、忙しいのはわかっているのだけど、どうしても気になって」


 税務次官として王宮づとめをしているセイルにとって、今日の式典は管轄外である。が、この緊急事態に、ぶらぶらしていられるはずもなかった。

 祖父の七光りを背負っているセイルは、年齢に不釣り合いな官職をいつも気にしていた。家柄からいえば順当で、誰も表だって文句は言わないのだが、それでも重圧を感じてしまうらしい。

 そんな彼が、怪我人を救護室に案内したり騒動で忘れられた荷物の持ち主を捜したりといった雑用を率先して行っているのを、咎めるジェイニーではなかった。それでも、邪魔になるとわかっていても、呼び止めて話さずにはいられなかったのだ。


「わたし、今まで探していたのよ。不安がっているんじゃないかと思って。だけどいないの。おかしいのよ。さっきお母様にもお会いして、尋ねたけれど、やっぱり見ていないって」

「そうか……。いや、でも、そんなに心配することはないんじゃないか。もうだいぶ経ったし、誰か知り合いか、家の者をつかまえて、帰ったのかもしれない」

 セイルは妻をなだめるように、落ち着いた口調で言った。


「そうね。でも、発光室で見たっていう人が誰もいなくて」

「あれだけ人がいたんだ。考えすぎじゃないか?」

「そうだといいけど……でも、ミルファなのよ。わたしはもう五十人は知り合いを見つけて聞いたわ。一人も気づかないなんて、そんなことがあるかしら?」

 セイルはなにか言いかけて口を閉じた。とにかく目立つ妹だ。夜が去って身動きが取れるようになれば、あっという間に男たちに囲まれてちやほやされて――人目を引かないはずはない。


「それに、こういうことがあって、あの子が家族を探さないなんてある? 一番に飛んでくるはずよ、あなたの無事を確かめに」

「それは」

 セイルは嫌な予感にとりつかれて胸を押さえた。


「……でも、あいつだってもう子どもじゃないんだしな」

 そう言いながらも顔色を変えている夫のために、ジェイニーは言った。

「ともかく、わたし今から家に戻ってみるわ」

「ああ。僕はまだここで仕事があるから……」

「わかってます。すぐに連絡するわ。どちらにしても」

 去りかけた妻を、セイルは呼び止めた。

「もし居なくても、誰か知り合いの家に行ったかもしれない。だから」

「はっきりするまでは必要以上に騒いだりするな、でしょ。ええ、そうするわ」

「なにもないとは思うけど、僕もサラに聞いておくよ。できるだけ早く戻る」



 セイルからこの話を聞いて、サラは大いにうろたえた。

 彼女もミルファの所在を気にして、それとなく探していたのだ。いないと思ったからではなく、謝罪するために。もちろん、王女という立場上、彼女はジェイニーほどあちこち動けたわけではなかった。それでも、二人の探した結果を合わせると、ミルファの行きそうな場所はほとんど確かめられて、いよいよ行方がわからないということになってしまった。


「ジェイニーの言うことは当たっているわ。セイル、あなたに聞けば、ミルファがどこにいるかはわかるって私、思っていました」

「それが……、うん。僕も忙しくしていたから。行き違ったかもしれないけど」

 そうだわ、とサラが顔を上げた。

「ミルファは、あの時広間を出ていったんです。夜の来る直前です。あの子、ロージャー様を探しに行ったのかもしれません。その、約束をしていたのに、いらっしゃらなくて」

「ロージャー? 宮廷魔術師の?」

「はい」

「今度は魔術師が相手か……。いや、ありがとう。すぐに彼を呼んで、聞いてみるよ」

 ミルファの交際相手がころころと変わることに関しては、セイルも常々問題だと感じていた。だがこれまで過保護に甘やかしすぎた、という自覚はあるので、あまり強くは言えないでいたのだった。



 ロージャーはなかなかつかまらなかった。気をもんでいる間にセイルの元に使いが来た。やはりミルファは家には帰っていないという妻からの知らせだった。

 いよいよ不安になってきて、セイルは頭を抱えた。あの一人ではなにもできない妹が、行方不明だなんて! どんなに心細く思っていることだろうか。

 まだ賓客の対応に追われている父や祖父に報せて、本格的に捜索をはじめるべきだろうか。悩んでいるところにようやく、助手だという男が魔術師ロージャーを引っ張ってきたが、なぜか疲れ切った様子の彼は事情を聞くなり「私のせいだ!」と叫んで卒倒してしまった。



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