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夜と令嬢 夜界ー1



「痛っ」

「アチぃ」

「ぐあっ」


 ざまざまな苦痛の声が、さまざまの音程で、さまざまの位置から同時に発せられた。ワンテンポ遅れて、落下音がした。どさりぽとりとふたつ重なって。


「あいたたた……あ、あれェ? ここは……」

 ゆっくりと降ってきたもののうちのひとつ――小さなトカゲが身を起こした。

 ざわざわ、混乱が部屋中に広がっていく。彼の帰還を歓迎するはずの集まりは、当初の目的をすっかり忘れられていた。

「ウーシアン! なんってもんと一緒に落ちてくるんだい、アンタは!」

 黒と赤のまだら模様のヘビが、体をくねらせながら落下物からの距離を取った。


 部屋の中で、トカゲだけがまだその異変に気づいていなかった。ただ「戻ってこられた」安堵でいっぱいだったし、まだ後ろを振り向いていなかったので。

「ゾラナ――ってことは、やっぱりここはうちだね。あァ、もう生きた心地がしなかったよォ……ね、おまいさんたち、なんでそうあっしを遠巻きに……ア」

 ぐるり、首を動かして、トカゲはびりっと体をふるわせた。

 トカゲと一緒に落ちてきた「なにか」――それは彼よりずっと大きくて、ごてごてした飾りに包まれていた。体をひとまわり大きく見せるふくらんだ袋を腰から下につけ、頭にはいくつもの花がくっついている。闇を刺す光を発しながら、ぴくりとも動かない。


「あァ、こいつはニンゲンだァ!」

 トカゲのウーシアンは声をあげた。ニンゲンの見分けなんてほとんどつかないウーシアンだったが、このニンゲンのことははっきりと憶えていた。


 なんてことだろう。ついてきちまったのか。すぐに戻さないと。


 ついさっきまでサリアンの王宮にいたウーシアンは、今、石の床にびっしりと描き込まれた魔法陣の中央にいた。その魔法陣と同じものが、低い天井にも描かれている。

 彼の現れた場所は、まさにその二つの魔法陣にはさまれた空間なのだった。まだそこには黒い穴が残っていたが、見る間に小さくしぼんでいった。

「ちょ、ちょっと待ち……ああ、ダメだねェ」

 魔術の穴が消え、ウーシアンは首をぶるりと振った。その隣に倒れている光のかたまり――ニンゲンを、あそこに帰すことはもうできない。



 そう、ここは夜界。宮廷魔術師ロージャーが研究旅行に訪れていた、サリアンの隣国ソレノアにある夜と昼の境界を越えて、さらに先。氷の塔と呼ばれる魔物たちの棲み処だ。

 本当は、夜界の生き物たちは、自分たちのことを魔物だなんて言ったりはしない。「魔物」も「魔族」も、昼界の人間が勝手につけた呼び名だからね。でも、彼らを総称する彼ら自身の呼び名は、実はないんだ。我々とか、闇に生きる者とか、そんな感じで。だからここでは「魔物」という単語も使っていこうと思う。伝わりやすいだろうからね。



「どういうことじゃ、ウーシアン」

 威厳たっぷりの口調がウーシアンを責めた。ひどいダミ声だった。

「ナルジフのダンナ! ああ、一体どうやってあっしを助けてくだすったんで? 光のど真ん中で、あっしはもうひからびるしかないと諦めて」

「話はあとじゃ。とにかく、そのいまいましい光を消してしまわんと。まったく、余計なものをくっつけてきよって。目がチカチカするわい」

 ふんぞりかえっているのは老ガエルだ。大きなぐりぐりした目を、ギョロっと動かしている。

 カエルを取り囲む魔物たちが一様にうなずき、非難の声を上げた。


「そうだそうだ、まぶしい」

「痛てえよ。早く、つまみ出せよ!」

「おい、ウーシアン、おまえも光のニオイがするぞ。しばらく近づくなよ」

 キイキイ、ガアガア、石の部屋に多種多様の声が反響していく。


 ウーシアンは抗議するように尻尾をゆらした。

「こっちは闇が抜けてもうフラフラだっていうのに、ひどいねェ」

「おいら、失敗してねえですよ」

 すいっとカエルに近づいてきたモグラが言った。

「わかっておる、ピピ。おおかた巻き込んだのじゃろ。仕方ないのう、エンディア、始末せい」

「ちょ、ちょいと待っておくれでないかい」

 ウーシアンは慌ててカエルの前に走り出た。

「くさい。くさいよ、ウーシアン」

 モグラのピピが逃げるように闇に潜って消えた。


「実はそこのニンゲンは、あっしの命の恩人なんだよねェ。このお人が分厚い布をかぶせて光を遮ってくれなかったら、今頃あっしはまだ檻の中。こうやって皆さんと再会することも叶わず、バラバラにされていたかもしれないんだよォ」

 ウーシアンの話にぞっとしたのか、それとも光のニオイにあてられたのか、カエルは縮みながらしばらく口の中でぶつぶつと何かを言った。

「……そなたを助けるためにどれだけ……この秘伝はかつて南軍の指揮官であったシュペリオス老が……儀式に膨大な魔力を……」

「ありがとうございます! このご恩は一生忘れませんとも、えェ」

 ウーシアンは頭を床にすりつけた。

「これ以上わしらに何を望むというのじゃ?」

「でも、ああ、そうだ! このニンゲンはきっとカネになりますよ、ダンナ。あっしにいい考えがあります。ええもう、間違いなく。このウーシアンにお任せいただければ、必ずや」




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