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夜と令嬢 夜界ー18


 つまるところ、ちゃんと連絡しなかったからこんな大問題になったのだ。

 ソレノアとサリアンの関係がどのように悪化しているかを聞かされたミルファは、ぐったりと項垂れた。


「……あたしは無事ですって手紙を書くわ。はじめからそうしておけばよかった」


 少なくとも脅迫状を出したという話を聞いた時点で、そうすべきだった。連絡は取れないわけではないということ、心配させる要素が増えていたこと、両方が揃ったあの時に気づかなければいけなかったのだ。

 それなのに、ミルファの思いついたことといえば「調味料を手に入れるための資金を捻出する」だけ。

 自分のことしか考えていないからこうなる。名案だなんて思っていたあの時の自分をひっぱたいてやりたい。


 ミルファはレヌカにすがるような目を向けた。

「届けてくれるでしょう?」

「今更信じやしないさ。偽の手紙か、無理矢理書かせたと思われるのが落ちだ。ますます俺らが疑われちまう」

「そんな……」


 レヌカは黄昏の者全体を統括する部署の、五人いるリーダーのうちの一人だという。ばらばらに生活しているように見える彼らが実は同族同士の強固なネットワークを持っていることを、ミルファは初めて知ったのだった。

 キツネに似た風貌の男は長い髪を一つに括り、体の前に垂らしている。名はヴィアルというらしい。

 そして、くりっとした目の小柄な女がヤジラ。彼女は自己紹介の際にかぶっていたフードをとってリスのような耳を見せてくれた。


「でも戦争なんて絶対止めなきゃいけないし。そもそも、そんなことになったら島に怒られるんじゃない? サリアンが潰れちゃうかも。だめだめ、絶対にだめ!」

「ま、王さんたちもバカじゃないからさすがにその事態は回避するだろうな。ンでそのしわ寄せはこっちにくるってわけだ」


 絶対綱紀には獣人を規制する項目はない。彼らは自由だ。

 だが絶対綱紀には獣人を守るための項目もない。

 大賢者の布令は「全ての人間のため」にあるからだ。

 ソレノアは獣人を国民であるとして保護しようとしている。だが獣人たちが人間に襲撃されたとして、それを異国間の戦闘行為と認定できるかどうか。


「――夜って、あとどのくらいで満ちるの?」


 ミルファは隣に腰掛けているリオを見た。座っているのはあのカビた臭いのする地下牢の椅子ではない。彼らがいるのは、ミルファのために新しく用意された塔の部屋だった。パットが掃除してくれていたという、あれだ。その割にはまだ埃っぽかったが。


「ええと、六十、か七十日もあればどうにか。無理矢理がんばれば五十日でいけるかも……でも失敗するとまたずっと待たないといけなくて」

「それじゃ話にならないわ……。そうだ! あなたたちは道を知っているんでしょ? あたしを連れて帰ってよ」

 ミルファの提案に、レヌカたちは顔を見合わせた。

「……そいつは掟に反する」

 苦い顔でレヌカが言う。


「でもあなたたちの疑いを晴らすためよ? そうだ。あたし目隠しをするわ、知られちゃいけないっていうのなら。寝てる間に荷車に乗せてくれるのでもいいし。ね、荷物だと思えばいいの」

 テーブルの上のウーシアンが心配そうにミルファを見上げた。


 沈黙の後で口を開いたのはヤジラだった。

「あなた、それでいいの? 初対面の私たちに身柄を預けるなんて」

「信用してもらわなきゃいけないのはあたしの方だし、今はなりふり構っていられないわ」

 ヴィアルが頬を掻きながらレヌカを見る。やはり決定権はレヌカにあるのだろう。ミルファはだめ押しとばかりに頭を下げた。


「黄昏の者は約束を守ると聞きました。お願いします。あたしという商品を、昼まで運んでください」





 昼界に着いたら、人家の近くで拘束を解き、そこで別れること。

 夜で見聞きしたことの全ては絶対に話さないこと。

 なにを聞かれても、憶えていないと答えること。

 それらをざっと打ち合わせて、ミルファは地下牢に戻った。来た時と同じ格好に戻すためだ。

 階段が欠けているのでリオに連れてきてもらったわけだが、着替えるからと追い出した。

 髪を飾っていた花はもう捨ててしまったが、適当に結って髪留めだけを飾る。窮屈な下着をつけて、汚れたドレスに袖を通した。ネックレスはないがイヤリングは残っている。これを手放さなかったのは、兄からの贈り物だったからだ。十四の誕生日の。


 ……もうすぐ会えるのだ。


 久しぶりに兄のことを思った。父や母や、サラのことも。

 嬉しい、と素直に感じる。ふかふかのベッド、太陽の光、大好物のチェリーパイやベリータルトだってお腹いっぱいに食べられるのだ。

 こんな、じめじめとした狭い部屋ではなく。

 こんな、地味でよれよれの服ではなく。

 二度と着ることはないだろうその粗末な服を、ミルファはたたんで片づけた。ひっくり返したタンスは元に戻し、いつも通りのベッドにした。毛布も掛けた。


 なにひとつ持って帰ってはいけない。


 青白い灯りの中で、ミルファは小さくひとつくしゃみをした。

 独り、ぼんやりと突っ立っていた。


「ミルファ、準備はできた?」


 猫のように着地したリオが言った。散歩に行こうと誘うような気軽さで。


「リオ、あたしたちもう会えないみたい」


 ぽつりと呟いた言葉に、実にあっさりした返答があった。

「うん、そうだね」

「……気のない態度ね」

 気に障った、という感じを出したかったが失敗した。淡々とした調子になった。


「なによ、あたしがいなくなっても寂しくないって言うの?」

「ミルファは寂しいの? 早く帰りたがっていると思ってた」

 リオが首をかしげる。

「そりゃそうよ! でも……せっかく友達になったんだから、別れを惜しむ時間くらいあってもいいでしょ?」


 なにをして困らせようか。

 キスのひとつでもしてやれば驚くだろうか。

 ミルファは思案した。案外、なんとも思わないのかもしれない。とことんズレたこいつのことだ。普通の男にするようにやってもうまくいくはずがない。

 絶対に忘れられないようにしてやりたいのに。


「ひとつだけお願いがあるんだけど」

 リオが灯りを手に取りながら言った。

「なに」

「僕のことを忘れないでいてくれる?」


 ぎらぎらした左目と対照的な、光のない右目が静かにミルファを映していた。

 息が詰まった。一瞬、ずっとここにいるわよと、言いそうになった。

 そんなことができるわけないし、自分は確かに帰りたいと思っているのに。


「……あんたみたいな変わったやつのこと、忘れられるわけないわ」

 ミルファがやっとのことでそう答えると、リオは笑った。


「ありがとう。僕は変わっててよかったよ」

「本当、変な人ね」




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