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夜と令嬢 昼界ー17



 助手はフィルのすぐ後ろをついてきている。たまたま同じ方向なのだろうか。ネックレスを置いてある部屋は一階にあるのだろうか。気まずいので早く離れたいのだが、と思いながらフィルは階段を降りきった。


「どうして僕たち追い出されたんだと思う?」

 フィルは不機嫌なままに振り向く。こいつがさっさと別方向に行ってくれれば、あの扉の前まで戻って、そっと耳をそばだてることもできたのに。

「ただ指示を受けただけです」

 助手はゆっくりと最後の段を降りた。

「以前から思っていることがあってさ。荒唐無稽なんだけど」

 彼はごく小さな声で言い訳するように呟き、顔を上げる。

「君は彼女をどう思う?」


 たとえばこれは、メイド達が廊下でひっそりとする会話なら、陰口が飛び出す流れだろう。

 だが初対面の従騎士と魔術師の助手では話が違ってくる。


「どうって……礼儀正しい、いいお嬢さんじゃないですか?」

「うん。まあ、そうだ」

 どんな返事を期待されていたのだろうか。フィルは眉をひそめる。この男はなにが言いたいのかと。


「嫌いなんですか」

「え?」


 助手は目を丸くしてそれから首を振った。


「いや。いやとんでもないよ。別にそんな」

「じゃあ、好きなんですか」

「!」


 特に深い意味はなかったのだが、彼は目に見えてうろたえた。


「っ、なんでそんな。そういう意味じゃないよ、気になるっていうのはつまり違和感――そう、違和感だ。君は感じなかった?」

「彼女と会ったのは初めてなので。それより、あなたの方がおかしいです」

「僕がおかしいだって」

「はい」

 今の言動も充分におかしいが。

「あなたは彼女を立てているように見えました、どこか遠慮があるというか。大貴族邸のメイドと宮廷魔術師の助手、の関係らしからぬ印象です」

「それは」

 カークは口ごもった。


「なにか秘密があるのですか?」

「そんな大層なことじゃないよ。ただ少し、勉強を見てもらっているんだ」

「はあ。彼女は魔術に詳しいようには見えませんでしたけど」

「いや、そっちじゃないんだよ。数学や歴史、文学なんか。彼女、詳しいんだ」


 なぜそんなことを勉強しているのか、どういう知り合いなのか、まあそんなことを追及しても今は仕方がない。

「それだけですか」

「そうさ」

 カークは肩をすくめた。


「それで君は何に引っかかっていたの」

「別になにも」

「意味ありげに足を止めていたじゃないか」


 上司が若い女に見とれていたので。


「別になにも」

 同じことを繰り返して、フィルは彼に背を向けた。さっさと立ち去ろうとして踏みとどまる。振り返る。

 また指摘されるよりはましだと思ったのだ。


「右ですか、左ですか?」

「方向音痴?」

「さっき初めて通されたんですから、しょうがないじゃないですか!」




 一方、狭い応接室では将軍が姫君に改めて挨拶をしていた。

「ご無事で何よりです、殿下」

「ご心配をおかけしております……」

 フィルの知っていた「最悪のケース」を上回る事態。それは、引き起こされた紛争によって王女の安全が脅かされることに他ならなかった。


「自覚がおありになるのなら結構です。陛下がどれほど心を痛めておられるか」

「父はなんと?」

「お会いしてはいません。私は南方司令部に詰めておりましたから。ジョーゼフ様がお越しになり、くれぐれもと言い置いていかれました」

「伯父様が」

「陛下は殿下の意志を尊重するとのことです。宰相殿のお執り成しがあったのでしょうが」


 ではセイルがうまくやってくれたのだ。サラはほっと息をついた。


「しかし戻られた後のことは覚悟された方がよろしいかと」

「戻るということはミルファが見つかるということ。これ以上の喜びはありませんわ」

「ネックレスのことはお手柄でしたな」


 サラはうつむいた。あれを見つけた時は本当に怖かった。持ち主の手を離れてしまった宝石が、不吉なことを予感させた。

 そんな悪い想像を振り払い、どこかにいるはずの彼女につながるものを見つけたのだと、自分を奮い立たせたのに。


「あれは結局、事を大きくしてしまっただけかもしれません。でも、貴方が間に合って本当によかった。私、いざという時は身の証を立て、騎士たちの動きを止めるつもりでした」

「とんでもない。王宮に送り届けるまでは一介のメイドでいていただきます」

「やはり、まずいですか」

「まずいなどという次元ではなく、まず前例がありません。城下をうろつく程度ならともかく」

「でも、誰にも気づかれませんでした。ここへ見覚えのある騎士たちがやってきた時はひやりとしましたけれど」


 案外、普通の格好をしているだけでわからなくなるものですね、とサラは肩をすくめる。確かに、今の彼女は盛装している時とは雰囲気が全く違う。サージ自身、この場に王女がいるはずだと知っていなければ気づけなかったかもしれない。


「ばれなければよいという問題でもありません。あの魔術師も国に戻れば……」

 サラが顔色を変えてなにか言おうとしたのを遮って、将軍は首を振った。

「重罪人、だったかもしれませんが。中央の介入があったとなると判断がつきかねます。大賢者府に認められた知はすなわち大賢者府の財産です。何人にも侵すことはできない」

 詰めていた息を吐き出し、王女はひたと将軍を見据えた。強い意志の感じられる瞳だった。

 サージはおやと思った。

 サラ・ルーシャ・サリアンはこんな少女だっただろうか。


「私への罰なら後でいくらでも受けます。でもそれは、ミルファを取り戻してからです。私は行かねばなりません」


 サージの知る彼女は、心優しく穏やかで慎重で――裏を返せば気弱で、他人の顔色をうかがい、意見を求められるまでずっと黙っているような少女だった。とはいえ頻繁に姿を見ることのあった近衛師団時代から南方司令部に移ってかれこれ三年。月日は人を変える、というところだろうか。


「さきほどは手詰まりと言いましたが、ひとつだけ、心当たりが残っているのです。ほんとうにひとつだけ、他にはありません。将軍がいてくださるのなら安心です。ここをお任せできますか?」

「まさか単独で動かれると」

「いいえ、カークさんに同行をお願いしてあります。二人で色々と考えたのですが、ミルファはやはり、夜に囚われていると思うのです」


 サラは脅迫状のことや夜の波のこと――とりわけ、王宮へ向かってきた細い波を鋭角二等辺三角形とみなし、夜との境界を底辺として二等分にすると、その線がほぼトカゲの発見地点と重なること(これは勉強会の最中にカークが気づいてくれたことだった)、その周辺で「人間が使う物」が次々紛失していることなどを順序立てて話した。


「なぜ昼界の通貨を求められているのかはわかりません。ひょっとしたら金属そのものを何かに使うのかも……でもとにかく要求されていることは確かなんです。持ってきた分のいくらかはネックレスを買い上げるのに使ってしまいましたが、残りの金貨だけでどうにか交渉してみます。向こうから来てくれるまで待つんです。それしかないと」

「しかし、危険では」

「ソレノアの治安はとてもいいのですよ。ご婦人がただけで遠出しても誰も問題に感じないほどです」

「そうではなく、魔物のことです」


 サラは淀みなく説明を続けた。おそらくこの説得は前もって準備されていたのだろう。

「それはどうしようもありません。たとえば魔物を怖がって大勢の兵士を連れていったとして、あちらが警戒して出てきてくれなくなっては本末転倒です。以前接触できなかったのも、もしかしたらロージャー様が強力な魔術師だということを見抜かれていたのかもしれませんし」

 サージは考え込んだ。王女の意志は固そうだ。打つ手が残っていない以上、最後の可能性に固執するのもわかるが。


「その点私とカークさんだけなら、心配はありません。それに私、少なくとも出会い頭に殺されるようなことはないと思っているんです」

 何を根拠に、と言葉にするよりも、サラの方が早かった。

「おまえのうすめ、みるはくらわあづかたつ。かやしてほしけばごせんきんかをよういおねがします」

 呪文のようなその脅迫文をすらすらと暗唱し、王女は微笑を浮かべた。

「脅しておいてお願いしますだなんて、ちょっと間が抜けていてかわいいと思いませんか?」




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