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夜と令嬢 昼界ー16


「で、ミルファ嬢の捜索は今どのように?」

「はい。私たちはネックレスを頼りにここまで来たのですけれど」


 サリーが魔法使いの助手に視線を向けると、彼は詳細を説明しだした。


「ご存知のように宝石には魔術を補助する力があります。それ故、微弱な波長を出していて、移動した痕跡を残すんです。ミルファ嬢のネックレスには大粒の宝石がいくつも使われていましたし、細工も魔力を増幅するように――安物だと互いの効果を打ち消し合ってしまうこともありますけど、ちゃんと高めあうように配列されていまして。つまり普通なら一日二日で消えてしまうようなその痕跡が、かなりはっきり残っていたんです。辿るといっても簡単ではないですよ。あの人だから正確に追えたんです」

「ロアリングはかなりの実力者だと聞いている。そのネックレスが発見されたのは幸運だったな」

「見つけたのはサリーさんですよ」

 カークはちらりと隣に座っているメイドを見た。

「ミルファ嬢の持ち物や当日の装いについてしっかり記憶していた彼女がいてくれたおかげで、手がかりを掴めたんです」


 なるほど、多少場違いな感のあるこの少女は、ミルファ嬢付きの使用人だったから捜索に参加していたのか、とフィルは思った。ひとくちに貴族の屋敷で働くといってもその種類はさまざまだ。掃除婦から針子、庭師に料理人。令嬢の身の回りを任されるとなると、使用人の中でもかなりランクは上だ。いいところのお嬢さん、という自分の見立ては間違っていなかった、とフィルは思った。


「ふむ。お手柄だな」

「あ、いえ……。ありがとうございます」

「コホン。で、その痕跡は居住区の中まで繋がっていました。我々はねばり強い交渉の末、条件付きで内部に入れてもらったのですが」

「条件とは?」

「ボディチェックの後見張り十人に囲まれて、あと三時間の制限付きで。薔薇の中心まで行きましたが、そこで終わりでした。魔力線が途切れてしまって、それ以上辿れなくなってしまったんです」


「なぜ痕跡が途絶えて」

「薔薇の中心ってなん」


 フィルは台詞の途中で口を閉じた。よりによってサージと同じタイミングで喋ってしまった。


「も、申し訳ありません! お話を続けてください!!」

 もう一言も口を出さずに黙って座っていよう、とフィルは決意を固める。

 と、サリーがくすっと笑った。嫌味のない短さで。


「この場所が薔薇の谷と呼ばれていることはご存じですか?」

「は、はい。地図に載っていましたので」

「この谷を見下ろすと、捨石の山が連なってちょうど一輪の薔薇のように見えるんです。私たち、花びらの中にいるんですわ」

 サリーは両の手でくるりと小さな円を描いた。

「へえ……」

 あの廃棄物の山が、視点を変えるとそんな風に見えるようになるのか。


「薔薇の中心にあるのは泉なんです。先人はそれを取り囲むように石を盛っていき、どんどん広がった結果今のような形になったのではないかと私は思っています。どうも、特殊な泉のようなので」

 ふむ、とサージが興味をひかれたように使用人の娘を見た。

「水が魔力を打ち消してしまうというか、ええと――」

「浄化の力があるらしいです。真無垢と呼ばれる岩があり、周辺に湧き水が。これが獣人にはまったく影響ないんですが、人間には」

 説明を引き受けたのはやはり助手の方だった。

「毒になるのか」

「長時間ほとりに居たり水を直接飲んだりすると危ないらしいです。一般人にはここの出入りが制限されているというのも、無理ないかもしれません。いい魔力も悪い魔力も関係なく消してしまうというんですから」

「それで、宝石の魔力もそこまでしか辿れなかったというわけか」

「ええ。どうも彼らは、商品を仕入れた後そこで清めるということを頻繁にしているようです。元の持ち主の残した魔力の影響やらなにやら、きれいに消しておいた方が買い主のためになるとか」


 それこそ、入手ルートを隠すための小細工ではないのかとフィルは言いかけたが、先ほどの決意を胸に口をつぐんでいた。


「仕入れに当たった獣人はなんと言っているんだ」

「他国に行商に出かけていて連絡が取れないそうです。古物商に売りさばいた男とは別で、こちらの方はもうソレノア政府に取り調べを受けています」

「それでは何もわからないな」

「はい……。手詰まりです、このネックレスからの線では」


 仕入れた獣人が見つかったとしても、たとえば「虹の国ラルパの掘り出し市で買った」などと証言されてしまっては終わりだ。――ラルパの掘り出し市っていうのは昼界でも五本の指に入る大規模な、そうだな、きみの世界でいうフリーマーケットみたいなものだよ。


「彼女自身が居住区の中に囚われているという可能性は?」

「ソレノア騎士の方々が捜索されたそうですが、そのような痕跡は見つからなかったと」


 そんなの鵜呑みにはできないじゃないか、とフィルは思い、ちらりとサージの表情を盗み見た。


「まあ、おそらく居ないのだろうな」

「将軍はこの件に獣人が直接関与していることはないとお考えなのですね」

 サリーが言った。議会の進行係のようになめらかな口調だった。彼女自身も同様に確信していることが、その表情から窺い知れた。

 フィルの中に再び違和感がわき起こる。

「ああ。いくら急な夜で混乱していたとはいえ、城内に獣人が入り込んでアクラの令嬢を掠うというのはどうもな。考えられん」

「彼らの中には夜目が利くのもいるっていうじゃないですか。眠りはするみたいですけど」

 助手の方はやや懐疑的なようだ。


「もし掠ったのが彼らだとすれば、証拠になるネックレスをこれほどわかりやすく手放すか?」

「それは……、まあ、でも」


 会話がふつりと途切れ、それぞれがそれぞれの思考に沈んだかと思われた。結局、どう突き詰めたところで推論にしかならない。可能性があると思うからこそ、冒険者や騎士たちはここから動いていないのだ。ここでなければどこなのか、それが浮かびあがってこないことにはどうにもならない。堂々巡りだ。ここまで来たはいいものの、いつまでいることになるのやら。おなかがすいた。さっき食べておけばよかった。


「ところで、お二人は食事は?」

 フィルの滑りきった脳内を読み取ったかのようにそう切り出したのはサージだった。

「先ほど済ませましたけど」

「実は私どもは二食目がまだでして。フィル」

「は、はいっ」

 フィルは姿勢を正した。


「軽く外へ出て買ってきてくれないか。そうだな、さっきの蒸しパンでいい。おまえも空腹だろう」

 サリーがちらりとカークを見た。カークは反応しない。というか、気づいていないようだ。

 なにかあるのだろうか、と思いつつフィルは席を立った。

「それと、君」

 サージは続けてカークに話を振った。

「はい?」

「例のネックレスを持ってきてはもらえまいか。まだここにあるのだろう」

「かしこまりました、すぐお持ちします」

 こうして、フィルは助手と二人で部屋を出ることになった。




「なんか……追い出されたような感じだな」

「そうですね」


 十数歩進んだところで、どちらからともなく足を止めた。


 気になる。

 フィルは胸に引っかかっているなにかが一歩部屋を離れるごとに増大するのを感じていた。それで速度を失ってしまった。パンを買うなんて用事を、今言いつけられる必要があっただろうか? ここは官舎だ。カークとサリーは何日も泊まり込んでいる。つまり料理も出てくるのだろう。それとも現地調達なのだろうか? 確かにお食事をご用意しますなんて言われなかったが、いやいや彼らが済ませたということはもう二食目は支給された後なのか。ぐるぐると考えて、ふとカークがまだ隣にいることに気づく。


「なぜ行かないのですか?」

「君こそ」

 従騎士のくせに言いつけを守らないのか、という視線だ。


「自分はただ、あなたが動かないことを不審に思っているだけです」

「……別に、なんでもないよ」


 カークが歩き出したので、フィルも負けじと歩いた。鍛えられたきびきびとした足運びは、脚の長さの違いにもかかわらずやすやすと助手を追い抜いていく。

 さっきのはなんだったのだろう。サリーが姿を見せた時のあの反応。いや、その前からおかしかった。魔術師の不在だ。うろたえるあの人の姿だ。引き継ぎをはじめてからはむしろ普通だった。気になる。気になる。

 いっそ引き返そうかと、ほんのちょっと聞き耳を立てるくらいならと、意を決して振り向いたその視線の先――ずっと先、に助手がいた。

 思いの外距離が空いていた。


「なにをやっているんです?」

 追い越してからほとんど進んでいないではないか。なんなのだ、この男は。

「玄関に行くには、ここの階段を降りるんだよ」

 と、彼は右手側を指さす。

「こ、声をかければいいでしょう!」

 フィルはわずかに赤面しながら早足に戻った。




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