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夜と令嬢 夜界ー16



 こんな風にして昼界の情勢は緊迫をきわめていった。

 大賢者府からの魔術信は「そら見ろ、やはり中央は国同士のいざこざになど興味がないのだ」とサリアンの諸官を安心させ、ソレノアとの対立姿勢はますます強まってしまった。

 もちろんロージャーは呼び出しをくらったんだけど、その話は後にして、夜の方に舞台を戻そう。地下を出たあの日の続きだよ。




 リオとミルファは急いで塔から降りてきた。リオはいったんミルファを部屋に帰してから中庭に向かおうとしたんだけど、戦争になるなどという穏やかでない話を聞いてしまったために、彼女が無理を言ってついてきたんだ。

 氷の塔の中庭は、三方を建物に囲まれ、もう一方は倒れた塔とその瓦礫で埋まっている。といってもミルファの視界はちっぽけなランプひとつに頼っていたので、彼女には近くにぽつぽつと木が生えていることくらいしかわからなかっただろう。


「ああ、ほんとだ。黄昏の者たちが来てる。もめてるな……」

 ミルファはリオの呟きに目をこらしてみたが、何も変わらなかった。

「大将がお出ましになりゃあ、アイツらだって話を聞きまさァ。とにかく収めてくだせェ」

 リオの腕でウーシアンが言う。

「うん。……新入りもいっぱいいるみたいだし、やっぱり危ないな。ミルファ、ここで待っててよ」

 そう言って、リオはミルファの額に手のひらをあてた。


「な、なに?」

「ミルファ、あったかいね」

 顔をのぞき込むようにして囁かれ、ミルファは口をぱくぱくと動かした。


「あれ?」

 突然の事態に混乱するミルファをよそに、リオは首をかしげる。

「そっか、今の君には魔術がかからないんだった」

 ようやく手が離れて、ミルファは勝手に止まっていた呼吸を再開した。一体なんだというのか。

 リオはぐるりと視線を巡らし、傍にあった円柱に目をつけた。近づいて軽く手で撫でるようにする。


「よし。ミルファ、これを触って」

「こう?」

 ミルファは言われた通りに手を当てた。

「そう。この石柱から手を離さないで、ここにいて。ちょっと話を聞いてくるから」

「でも……」

 そう言った自分の声が二重に聞こえて、ミルファはぎょっとした。

「まだ仲間じゃないのがいるから、隠れてて。そのかわり、話がわかるように僕のまわりの音がこれを伝わって君に届くようにしておいた」

「す、すごい魔術ね」

 なんだか耳が気持ち悪いので、ミルファは手を離した。


「ああ、だから、離しちゃだめだって。ミルファがいるの、みんなにわからないようにしたからね」

「これで透明になるの?」

 ミルファはもう一度石柱に触れた。

「透明ってわけじゃないけど、誰もいないような気がするだけ。だから心配いらないよ」

「今あんたと話してるじゃない」

「僕にはわかるよ。僕の魔術だもの」

「じゃあ、ウーシアンは?」

 リオはいたずらっぽく笑って、ウーシアンの乗った左腕を持ち上げるようにした。

「ウーシアン、ミルファがわかる? って聞いてる」

「大将の魔術は完璧でさァ。見えますけど、お嬢さんだとわかっててじっと見てんのにすぐ印象がぼやけてくる感じですかね。声も小さな風の音みたいで、意味がわかんなくなっちまってる。とにかく安心してそこに居てくだせぇ。乱暴なのもいますから」

 その声もミルファにはぶれて聞こえた。隠すのと、音を伝えるのを同時にする魔術なんて。やっぱりすごい。それとも二つは別の魔術なのかしら?

「わかったわ。気をつける」


 ミルファの言葉をウーシアンに伝えて、リオは歩きはじめた。が、またすぐに戻ってくる。

「僕が見えた方がいいかな? それとも自分のまわりがわかる方がいい?」

 青白い光はミルファの腕にかかったままだ。


「……持って行って」

「うん」


 リオは少し得意げに見えた。ミルファが視界に不自由していることに珍しくちゃんと気づけたことを、褒めてもらいたいのだろうか。

「ありがとう。リオも気をつけてね」

 ランプを渡すと、リオはくすぐったそうに笑った。


 離れていく背中を見送りながら、ミルファは少し後悔した。あれがないと寒いのだ。

 そういえばリオは強いんだから、気をつけてなんておかしかったかも。まあいいか。肩をすくめて、ミルファは青い光を目で追った。




 リオは闇へまっすぐに歩いていった。

 彼の周辺にだけ浮かび上がる世界には、やがてたくさんの生き物が現れだした。虫や小鳥から牛のように大きいのまで。あれが全部、魔物なのだ。

「ボス、東の方から来たってやつらです。お目通りしたいと」

 耳が痛くなりそうなキイキイ声が近づいてきた。リオの膝上くらいまでしか背のない、毛むくじゃらの子どもみたいな姿だ。

「ごめん、ちょっと待ってもらって。ナルジフに呼ばれてるんだ」

 はいと返事をして、子どもが駆け戻っていく。人間の子どもよりかなり頭でっかちで、ツノのようなものが生えているようにも見えたが、じっくり見る前に光から離れていってしまった。


 リオが歩くたびに、ミルファの認識できる世界がうつろう。二人で塔の中を歩いた時のように、ほとんどの魔物は現れるごとにそっと遠ざかっていった。

 本当に、ニンゲンを避けているのではなかったのだ。

 ミルファが竜を見て竦むように、魔物たちはリオがこわいのだ。ミルファにはわからないけれど、たぶん彼らは目に見えない力を感じられるのだろう。

 遠巻きにされるだけなんて、きっと寂しい。

 だからこそ、そばに寄ってきてくれる仲間を、リオは大事にしているのだ。いつも話に出てきた、エンディアやサウザーやパット。そうだ、さっきのはもしかしてパットだったのかもしれない。子猿だと言っていたもの。

 そんなことを考えているうちに、小さな魔物たちの影が視界から消えていた。

 しばらくしてその理由がわかった気がした。竜が――ヤズーがいたのだ。リオが避けられるのと同じように、ヤズーも普通の魔物たちにとっては近づきがたい存在に違いない。

 と、小さな影がリオに飛びかかった。ミルファは思わず身を乗り出し、あわてて柱に触れ直した。


「ごめん、遅くなって」

「とんでもございません! ご足労、痛み入りますじゃ」


 しゃがれた声が頭の上から聞こえた。遠くてよくわからないが、影はリオの頭に乗っかったようだ。

「それで?」

「ようやくのお出ましかい。待たされたぜ」

 男の声だった。今度は正面から聞こえた。リオの前にある背の高い影は、がっしりした体格で、人間のように見える。ということは、魔族だろうか。

「いらっしゃい。久しぶりだね」

 リオはおっとりと挨拶した。

 いや、とミルファは思い直した。リオは他の魔族は知らないと言っていたではないか。きっと相手は「黄昏の者」だ。それがどんな生き物なのか、もっと聞いておけばよかった。


「どぉも。世話んなってるな」

 姿は遠いのに声がすぐ近くで聞こえるというのは、なんだかとても変な感じだ。

「こっちも助かってるよ。いつもありがとう」

「言うねぇ。おかげさまでうちの若ぇのがオモテを歩けなくなっちまったってのに」

 黄昏の者らしき人影は三つ並んでいた。真ん中のごついのがおそらくリーダーで、ひょろりとした右側と小柄な左側は黙っている。


「なに?」

「城主殿、少々困ったことになりました」

 今度は斜め後方から声がした。つい振り返りそうになってしまったが、もちろん声の主はリオの傍にいるのだ。ミルファはリオの後ろを探した。大きな犬のような四つ足のシルエットがある。


「カシャがニンゲンに捕らえられたそうです」

「こやつら、取引に問題があったと言っておるのですじゃ!」

 頭の上でがなりたてているのは、きっとナルジフだろう。リオの横に並んだのはたぶん、オオカミのエンディア。

「グルトが手配された。カシャは身代わりんなってんだ。これはおまえらの掴ませてくれた盗品が原因だぜ。どう落とし前をつけてくれるんだ?」


 ミルファは首をかしげた。いったいそれと戦争と、なんの関係があるのだろうか。


「ごめん、なんの話かわからないんだけど。はじめから話してくれる?」

 リオはミルファの疑問を読み取ったかのようにそう言った。

「だから言ってんだろうが。この前グルトが買い取ってやったってえアクセサリーだよ。いったいどこであんな大それた代物手に入れやがったんだ」

「あの、あれおっしゃってた価格の倍で売れました」

「ヴィアル、余計なことは黙っとけ! ――とにかくだ、おかげで俺たちゃ誘拐犯扱い、同族はあちこちで睨まれるわ商談はつぶれるわ」


 そこから先の会話は聞こえなかった。手を柱から離したからだ。

 ミルファにはもうわかっていた。

 大変なことをした。たぶんみんな、あたしを探していてくれたのだ。それはそうだ。心配しているに決まってる。

 あたしのせいだ。ちゃんと説明しなきゃ。リオは悪くないのに。

 灯りを渡しておいてよかった。どこへ走ればいいかわからなくなるところだったから。


 ミルファはただひとつの光の方へまっすぐ走って、走って、そして――もちろん途中でぶつかってつまずいてこけた。


「ナニシヤガル!」

 聞き取るのが困難なほどの早口が抗議してきた。どうやらこの声の主と衝突してしまったらしい。

「ご、ごめんなさい!」

「テメー、ニンゲンダナッ」


 まわりじゅうで闇がざわりと蠢いた。手をついて立ちあがろうと焦るがうまくいかない。敵意が肌に突き刺さり、体中が一気に冷えた。



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