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夜と令嬢 昼界ー13


 そろそろ、きみは気がついてしまっているんじゃないかな。

 そう、昼界でいう「獣人」とは、夜界でいう「黄昏の者」のことなんだ。ひょっとすると、一番はじめに紹介したあの本に出てきた「黄昏の地」のことを思い出してくれたかもしれないね。うん、彼らはまさにそこで生まれた種族なんだ。光と闇の国が取り合っていたその土地に、別の民族がもう住み着いていたなんて――なんだか滑稽だよね。

 だけど、そのことをこの時代の人たちは知らない。彼らの生まれた理由や、その歴史なんかも、いつかは紹介したいと思うけれど、今回のこの話には深く関わらないから、また別の機会にするよ。

 なんたって、説明の多い話だからね。できるだけ控えようとは思っているんだけどさ。

 さあ、話を戻そう。



「私はっ……私とロージャー様は、そういう関係じゃありませんわ」

「けど、あんたは好きなんだろ。見てればわかるよ」


 サリーは口をぱくぱくと動かした。ばれていないとでも思っていたのだろうか?


「言えばいいのに。あいつ、つきあってる女なんていないよ? 助手の僕が言うんだから、間違いない」

「でも……」

 ずっと言おうと思っていたことをようやく言えた。カークは勢いづいて立て続けに喋った。そうだ、もっと早くにこうするべきだったのだ。


「ロージャーがいくらミルファ嬢のことを好きだって、叶わぬ恋だよ。あちらは引く手あまたの美女で、宰相閣下の愛孫だ。ミルファ嬢本人が望めば許されるかもしれないけど、彼女の満足するような環境をロージャーが用意できるとはとても思えない。そうだろ?」

 サリーは首を振った。

「ミルファ様にそのつもりがなくても、ロージャー様のお気持ちは変わらないでしょう? 同じことです」

「同じじゃないよ。ロージャーは目の前にいる人間のことも忘れるような魔術バカだけど、あんたのことはちゃんと気にかけてる。あいつが女性と親しくするなんて珍しいよ? 勝算はあると思うけどな」

 サリーは黙ってしまった。

 こう言えば、少しは心を動かされるのではないかと思っていたのだが、実際にはその逆で、サリーはますます表情を硬くしている。カークは内心首をひねった。


「今は、こんな話……しても、仕方がありませんわ」

 絞り出すような声で言われてしまうと、続けようとしていた言葉もどこかへ行ってしまう。

「私、気になっていることがあるのです。考えついたこと、と言いますか……。お話しすべきか、迷っていたのですが」

 もやもやするものを飲み込んで、カークは「どうぞ」と促した。

「今回のこと、本当に獣人の仕業でしょうか」

 何を今更。

「ここまで来といて、そこを疑う? 魔術が確かに、ネックレスの辿った道筋を示してるのに」

「だとしたら、あの手紙はなんだったんです?」


 おそらく彼女は、この部屋に来たはじめから、これを切り出そうとしていたのだろう。真剣な目つきに、カークもつられて姿勢を正した。


「だからそれは……ただのイタズラだったってことに」

「でも、確かに夜界のものだったんでしょう」

 紙切れから煙のあがったことを言っているのだ。カークは肩をすくめた。

「あれは……あの反応塩が古くて、うまく働かなかったのかもしれない。あとで確かめてわかったんだけど、とっくに品質保証期限が切れてた」

「まあ」

 サリーは瞬いたが、苦笑の後で付け加えた。

「でも、それじゃあ逃げ出したトカゲのことは?」

「あのトカゲが本当に魔物だったとしても、ミルファ嬢の失踪と関係しているかどうかはわからない。変則的な夜はそのせいだったとしても、人が消えるなんて。それで何の得があるんだ? なぜ彼女なんだ? 身代金目当てとしても、他にも金持ちはたくさんいたんだ」

「わかりませんけれど、あのネックレスはミルファ様のものです。それは間違いないんです。あの時のトカゲが原因だとして、あの手紙も本当で、獣人が売りに来たのも間違いなくて、そうだとしたら……」


「――獣人が魔物とグルってことか」


 カークは思わず立ちあがり、サリーの手を握っていた。

「確かに、人間じゃないのに人の言葉を喋るのは、魔物っぽいもんな。獣人は夜界とつながりを持ってるのかも。ありえる。それありえるよ。考えてなかった。さすが君だ」

「えっ、いえ……」

 サリーは表情をくもらせた。カークは慌てて手を離す。


「確かに、私もなにか関係があるのかも、と思ったんです。でも。カークさん、あなたは獣人をどう思います?」

 カークは動揺を誤魔化すために咳をし、散らばりかけた思考を戻そうとした。

 さっきの反応からしても、彼女は獣人差別をよく思っていない。聡明な彼女に、見識の狭い人間だとがっかりされたくなかったカークは、なんとか公平な答えを出そうと試みた。

「どう、っていうと……難しいところだけど……。ソレノアに来て、僕はびっくりしたよ。獣人の扱いが特殊というか、その、他国と違ったから」


 獣人は普通、国籍を持たない。彼らは常に移動するし、見せ物や交易をしながら生活するのだから定住する理由がない。

「なんかひとところにとどまって仕事してる獣人ってほんと珍しいよね。だってほら、彼らはすごい目利きだし。各地を渡り歩いて、いい品を安く仕入れては必要とされているところで高く売るっていうのが得意じゃないか。自国の利益を奪っていくからといって、出入りを制限する国さえあるくらいだから……その、褒めてるんだよ。だからここで普通に雇われてるのが意外だったというか」

「逆ではないですか? 受け入れてくれるところがないから、彼らはそうして生活する術を身につけた、とは考えられませんか」

 カークは答えに詰まった。


 獣人はまつろわぬ民だ。故郷のない彼らがどこから来たのか誰も知らない。

 カークのこれまでの人生に、獣人はほとんど関わってこなかった。ちょっと嫌な感じのする妙な連中、というくらいの意識しかなかったのだ。

 だから考えたこともなかった。獣人たちがなにを考えて生活しているか、なんて。


「確かに、彼らの外見や、特殊な力は、私たちに恐怖感を与えます。でも、私たちと彼らの間に争いの歴史なんてありませんし、魔法の使えない彼らにとってみれば、私たち人間の方が怖いかもしれません」

 獣人は「からっぽ」なのだ。そのことはカークも知っていた。彼らは生まれつき、体内に魔力を持たない。そのため、太陽神の庇護を受けない、異端の存在と見られていた。

 絶対綱紀にも、獣人の扱いについては触れられていない。大賢者府は獣人差別について干渉してこない、ということだ。


「でも、僕らだって、みんながみんな魔術をまともに扱えるわけじゃないしなぁ……。サリーさんはどうなの? 魔術、勉強した?」

「ええ、まあ一通りは。でも、あまり……」

「ヘタクソなんだ?」

 あの不器用さでは、さもありなんだ。

「う。そういうカークさんはどうなんですか」

「僕はさっぱり。うちの家系は魔力容量少ないみたいでさ。というか、素質があったら、助手じゃなく弟子になってるよ」

「それもそうですね」

 ちょっと笑ってから、サリーは話を戻した。


「ソレノア国王のシギス様は、二十年かけて融和政策を進めてこられました。他国にはない考えですが、立派なことだと私は思うのです」

「……そんな前からなんだ」

「はじめは反発も多かったそうですよ。獣人と一緒に仕事をするくらいなら辞める、という鉱夫も少なくなかったとか。でもシギス様は方針を変えなかったんです。結果、ソレノアは国力を伸ばしました。獣人は感覚が鋭敏ですし、力も強くてタフですから。それに真面目で、とてもよく働くそうですよ。今ではソレノア国民も、彼らと仲良くやっています」

「詳しいんだね」

「ええ。勉強したんです、興味があって。そういう獣人のいいところが世界的に知られていないのはなぜなのかなって……。サリアンもソレノアのようにできればよいと思っているのですが。すみません、なんだか話が長くなってしまいましたね。ただ、文官を目指しているカークさんには、そういう考えも知っていてもらいたいと」


 かなわないな、とカークは思っていた。十ほども年下の少女なのに、彼女はカークの何倍も真面目に多くのことを見、考えている。

 対する自分は常に楽をすることしか考えていない。文官は高給取りで、いったんなってしまえばクビになることもあまりない。不毛な派閥争いにだけは巻き込まれないように気をつけて、それなりに仕事をこなし、年を取ったら退職金をたんまりもらって引退する。

 そういう人生設計のために勉強していただけだ。なんの志もありはしないのだ。


「で、話は戻るのですけど……」

「あ、はい」

 思考の海に沈んでいたことに気づいて、カークは顔を上げた。

「私が思ったようなことは、居住区管理官の方も考えたかもしれません。だからこそ、私たちはここを通してもらえないのでは? ということなんです」

「えーと」


 話をだいぶ聞き逃しただろうか。なにが「ということ」なのか理解できずに、カークは会話の流れを急いで思い出そうとした。


「僕らがここを通るとマズいってこと?」

「その先に手がかりがあろうとなかろうと、獣人と魔物に関係があると疑われるようなことがあれば、世論がまたひっくり返るかもしれません。獣人融和政策は、近年のソレノア施策の柱といえます。それを揺るがすようなことは、ソレノアが――シギス国王が是としないでしょう。国民感情も今は落ち着いていますし、獣人側の反発を招くようなことはしたくないはずです」

 ソレノアの獣人融和政策のことなど、実際こうして出かけてくるまで知らなかったカークはこめかみに手を当てた。頭が痛い。


「つまり僕らがここで足止めされているのは、ソレノアとサリアンの仲が悪いとか、お役所仕事が非効率的だとかいうこととは関係なく、政治的な意図によるものだっていう……」

 サリーは大きく頷いた。

「その可能性が高いと思うんです」



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