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夜と令嬢 昼界ー12

 ここしばらく日記を書けなかったのは、決して忘れていたわけではない。忙しくてそれどころではなかったのだ。

 だが逆に今は時間をもてあましている。だからこうして、このノートの存在を思い出し、空白を埋めようとしているわけだ。さて、何から記そうか。


 夜界との境界に辿り着いた我々は、まずどうにかして誘拐犯との連絡を取ろうと試みた。三人で考えたがろくな案が出なかった。結局、ロージャーの言う通り、例のトカゲを捕獲したという場所に、脅迫状の返事を――できるだけ平易な文章で――したためて置くことにした。風で飛ばされないよう、石をのせて。

 反応はなかった。何日経っても、紙切れは紙切れのまま、そこに放置されていた。

 茂みをあさってみても、トカゲもカナヘビも見つからなかった。結界に向けて呼びかけてみようというメイドの発案も、こだますら返らず徒労に終わった。

 もちろん、そんな無駄なことばかりしていたわけではなく、我々は同時になくし物の捜査もしていた。三世帯しかないこの辺境の集落で、次々と小物が紛失するというちゃちな事件の解決を依頼されたロージャーは、我々をこき使いながら家の隅々まで調べようとし、家具を移動させ、ついでに大掃除をした。あまりにも埃が舞うので仕方なかったのだ。

 そこまでしてわかったのはこのソレノア国所有の建物がどれもあちこち痛んでいるということくらいだったが、なぜか修理までしてやることになった。いや、タダで泊めてもらっているのだから文句はつけられまい。だが、肉体労働は専門外だと何度言ったらわかるんだ? 予想通りだったがこの一連の作業においてメイドは役立たずどころか仕事を増やしてくれる一方だった。バケツはひっくり返すわ釘はばらまくわ腐った床板は踏み抜くわ手のひらサイズの蜘蛛の死骸を見つけて悲鳴をあげるわ。それでも手伝いたがるので、結局ご婦人方の買い出しに付き合わせる事で追い払った。

 それがとんでもない発見に繋がったのである。


 ソレノア南部でもっとも大きな街であるアルフィス。往復するのに一日がかりなほど離れているので、月に一度くらいしか出かけられないのだというが、ともかく修繕の材料やら日用品やら嗜好品やら、一月分の買い物を一気に済ませようとした彼女らはその日、帰ってこなかった。

 メイドが街で見つけたのは、非常に高価なネックレスだった。ショーウインドウに飾られていたそれを、彼女は「ミルファ嬢のものである」と断定した。一点物で、姿を消した日に身につけていたものに間違いないというのだ。

 サリーはすぐに店の主人に話を聞き、仕入れ先を突き止めた。そして、仲買の古物商はそれを持ち込んだのが獣人の男であると証言したという。


 ミルファ嬢は夜界の魔物に掠われたのではなかったのか?


 翌日になってやっと戻ってきたメイドの話に、我々は首をかしげた。ともかく修繕は後にして、我々はアルフィスへ向かい、証拠品を持ち込んだ獣人の特定を急いだ。

 ロージャーは魔術信をサリアンのアクラ家に飛ばし、アクラ家のお抱え魔術師からの返答があった。我々は持ち込んだ五千金貨をくずしてネックレスを買い取り、ロージャーがそのネックレスに魔法をかけて移動の痕跡を辿った。

 そして古物商の証言を裏付けるごとく、魔法の糸は獣人居住区に突き当たったのである。

 獣人居住区に出入りするには役人の許可を得ねばならず、我々が理を尽くして事態の深刻さと緊急性を説いたというのに、上に話を通さねば判断できないと言われ、待たされることすでに二日。


 まったく、これだからお役所仕事というやつは。サリアン国王の姪が誘拐されているんだぞ? もっと迅速に対応すべきじゃないのか。お役人になろうとしている僕としては複雑きわまりない。

 ロージャーなどはすでにしびれを切らして、居住区に潜入しようなどと言い始めている。それは国際問題になるからとメイドが止めているが、この分だと本当にやりそうだ。


 ともかく暇である。居住区管理官たちは我々に同情を示し、官舎の一部を提供して留まらせてくれている。僕はそのあてがわれた部屋でこうして日記を書いているわけだ。だがこれも考えようによっては彼らに都合がいい。我々は見張られているのと同じではないか?

 一級の宮廷魔術師である証も、アクラ家からの書状も、いまいち信用されていないような気がする。それというのも、ロージャーの言動が問題なのだ。ミルファ嬢の手がかりがつかめてからというもの、あやつときたらそわそわして、落ち着きのないこと甚だしい。


 ちなみに、ミルファ嬢を掠ったのが魔物ではなく、獣人だったというこの事実を、僕は歓迎している。こうしてソレノアまで出かけてこなければネックレスは見つからなかったわけで、無駄足ではないし、彼女を救い出すことさえできれば結果としては同じことだ。

 事態は好転したといっていい。返事をよこさない夜の魔物より、昼にいる獣人のほうが接触はたやすく、そしてミルファ嬢を救い出せば、アクラ家からの懸賞金が出るだろう。

 僕はこの旅における僕の価値を主張し、必ずや報酬を等しく分けてもらおうと思っている。文官になんかならなくても、ミルファ嬢を口説けなくとも、広い農地を買って一生のんびり暮らせるだけの額だ。夢のようだ。



 ノックの音に、カークはペンを置いた。

 誰が来たのかはすぐにわかった。その丁寧な叩き方にまで、彼女らしさが出ているからだ。


「どうぞ」

 返事をすると、サリーが笑顔をのぞかせた。

「こんにちは。お勉強しませんか?」

 ひとつにまとめられた長い金の髪がしっぽのように揺れた。つられて笑いそうになる頬をぎゅっとひきしめて、カークはやれやれという顔を作った。

「そうですね、どうせ暇だし」

「よかった! 実はもうそのつもりで、椅子、持ってきてしまったんです」

 ドアの外にあったそれを運び込もうとするのを、カークは手伝った。机の横に置いて、教師席が完成する。

 この狭い官舎の部屋には椅子がひとつずつしかないので、昨日も「授業」の時はこうして別室から移動させたのだった。

「ありがとうございます」

 彼女はまたほほえんで、そこに座った。カークは模範的な生徒らしく、問題集を広げた。


「せっかく時間があるのですもの。有効に使わないともったいないでしょう」

「先生様のおっしゃる通り。時間は有限だからね」

「じゃあ、今までなにをしていたんです?」

「……男には秘密があるんですよ」

「あら、女にもありますよ。ふふ」


 そんな軽口をかわしてから、いくつか問題を解いた。

 あまり集中は続かなかった。サリーが落ち着かなげにしているのを、カークはなんとなく感じて、自分から脇道にそれた。

「ロージャーは今、なにをしてるんですかね」

「またあのネックレスを調べていらっしゃるようでした」

「と見せかけて、ひとりで居住区に潜入してたりして……」

「まさか。……まさかです。それはやめてくださいと、お願いしてありますから、大丈夫です。たぶん」


 こうして無駄話に応じてくるところから見ても、サリーはなにか話したかったのだろう。

「どうかなー。昨日読んでた文献、怪盗ルギスの使った百の魔法だったしなー」

「……冗談でしょう?」

「はい」

「もう! 先生をからかって!」

「はいはい。じゃあこれの採点お願いします」

 問題集をサリーの方にずらして、カークはぱらぱらと参考書をめくった。


「このままじゃ、アクラ家の捜索隊が到着する方が早そうだよね」

「さすがにそれは……ないと思いますけれど」

「居住区への異国人の出入りにお国の許可が必要だなんてさ。ちょっと大仰すぎるよね。身分証の提出くらいで終わらせればいいのに」

「国民ならそれで済むそうですよ」

「なんでそこまでするわけ? 隠したいことでもあんの? って感じだよ。獣人ってさ、人を避けてるっていうか、こそこそ暮らしててなにやってんのかわかんないよな」

「……避けているのは人間の方だと思いますけど」

 採点していたペンを止めて、サリーがぽつりと言った。

 しまった。彼女は獣人差別反対派か。


「どっちにしても早くしてくれないと、困りますよ。このままじゃ賞金を横取りされそうだ」

 カークは話をそらした。

「賞金?」

「三万ですよ! 五千金貨を届ける役目ならただのおつかいですけど、別の筋から手がかりを発見して無事救出となれば――僕らは堂々たる発見者だ。ミルファ嬢を発見し、無事に保護して送り届けた者には三万! 山分けしても一万ですよね」

「ああ……。そういえば、そういう手配がされていましたね」

 どこか浮世離れしたメイドは、この可能性に思い至っていなかったようだ。

「されてるんです。あんたはネックレスの発見者だし、お手柄だ。充分資格はあると思うよ。もらえるもんはもらわなきゃ。一万あれば……、そう、結婚資金には充分じゃないか。ロージャーと二人合わせて二万だし。いくらあの男が金遣いが荒いからって、これだけあればそう簡単にはなくなりゃしない。念のためにあんたの分は貯金して、老後や子どもの養育費に充てれば安心だ」

「そ、そんな結婚だなんて!」

 そう言いながらも顔は食べ頃の林檎みたいに真っ赤だ。なんてわかりやすいんだろう。



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